10
外へ出ると吹き付ける風が冷たいことに気が付いた。
「寒っ。もう冬やろ、これ」
「大袈裟な」
本当はそんな恰好をしているからだろうと言いかけたのだが、そんなことを言ったらどうなるかわかっていた。だからこそその言葉をグッと飲みこみいくからオブラートに包んだはずなのに、尻を蹴られた。
「暴力だ。訴えてやる」
「どうせそんな恰好をしているからだろって言いたかったんやろ。全部お見通しやで」
なんでわかったのか。思わず菜緒を見ると彼女は勝ち誇った顔をしていた。
「わかるって。あんたの考えてることぐらい」
どう返したらいいのだろう。いっそのこと下ネタでも言ってやろうか。
そう思った矢先、菜緒はスタスタと先を歩いて行ってしまった。僕は慌ててそのあとに続いた。
「なあ、お腹空かへん?」
「まあ。ずっとレポートをやっていたし」
まるで手伝うつもりのない菜緒の分までやっていたらすっかりと辺りは暗くなってしまっていた。つい最近まではまだこの時間帯でも明るかったはずなのに。
「なんか食べてから帰ろうよ」
菜緒の提案に僕は頷いた。
「どこへ行く?」
「ラーメン。オススメ教えてや」
「ラーメンか。この辺だと」
ポケットからスマホを取り出すと、サッと指先で隠されてしまった。
「検索したらつまらないやん。てかオススメのラーメンも調べないとないん?」
その言葉に僕はムっとした。
「あるって。ただ菜緒の好みとかあると思って調べようとしたのに。いいよ。オススメ、連れてくから。着いてきて」
「『着いてきて』だって。男らしいねえ」
嬉しそうな、どこか小馬鹿にしたような菜緒の顔を一瞥するとさっさと歩く速度を速めた。後ろから笑い声と「早い早い」という声が聞こえる。
「置いてくよ」
たったそれだけのことなのに、自然と笑みがこぼれた。そうするとますます歩く速度が速くなって、菜緒が笑いながら僕のことを追い抜いてきた。
「おい、僕を抜かすなよ」
「遅いほうが悪いんや」
「言ったな」
僕たちは走り出していた。お互い笑いながら走っているから息はすぐに乱れた。けれど走ることを止めない。
買い物袋を持ったおばちゃんの横を通り過ぎ、犬の散歩をしているおじいちゃんとすれ違い、自転車に乗ったサラリーマンに追い抜かれながら僕たちは走り続けた。