01
エアコンの温度を下げられた。間違いなかった。僕はパソコンの画面から顔を上げた。
「おい。温度を下げるな」
言いながら首を回そうとしたらズキリと痛んだ。思わず首を撫でまわした。
「なんや目ざといな。一度ぐらい下げたって別にええやろ」
「環境に悪い。おまけに電気代も、だ。知ってるか? 一度温度を下げただけでも電気代が変わるんだぞ」
「環境に悪いは建前やな。本音は電気代を気にしてんやろ。みみっちいなぁ。たかが数百円やろ」
何度か首を撫でると痛みが引いた。今度は首ではなく体ごと彼女に向けることにしたが、足を机の脚にぶつけてしまった。
「人の金だと思って。大体今年は節電をしていかなきゃならないんだぞ。ニュースを見てたらわかるだろうに」
ぶつけた足を撫で、顔を上げると彼女と目が合った。棒アイスを口に咥えたまま目を丸くしてる。
「してかなきゃならないって、誰がそんなこと決めたん?」
「いや、決めたわけじゃないけど。でもニュースでしきりに『節電にご協力ください』って言っているだろ」
「勝手に向こうが言ってきているだけやろ。自分らは冷房がガンガン効いたスタジオであーでもない、こーでもないって外野から言っているだけやなのに。そんな節電してもらいたければお昼の時間帯に何も放送しなければいいのに。そうすればテレビを観る人もいなければスタジオで冷房も効かせることはないし、なんだったら人だって休ませることができる。一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなるやん」
僕のベッドの上、本来であれば床に置いて使っているクッションをベッドの上に置き、そこへ寝転がる彼女はTシャツにハーフパンツ姿だ。
これで長袖やら羽織るものでも身に着けていれば服装を指摘するのだが、生憎彼女はこれ以上脱ぎようがない。
「ああ言えばこう言って」
「それがあたしなんよ」
「知ってる」
ベッドが軋んだ音を立てた。
「じゃあ、今度は覚えなさい」
立ち上がった彼女はベッドから降りるとすれ違いざま僕の肩を叩いた。
「帰るの?」
「トイレ」
「ちゃんと流せよ」
頬を撫でられた、と同時にベタっとした感触を覚えた。彼女はニヤリと歯を覗かせると部屋から出て行った。
「こぼしやがったな」
頬を拭う前にクッションの確認をした。どうやらアイスは彼女の指先だけに溶けたようだ。
安堵した僕はそばに落ちていたエアコンのリモコンを手に取った。
「あの野郎」
温度を下げたのは一度だけかと思っていたが、二度も下げていたことに気が付いた僕はすぐさま温度を戻した。