第五章
03
 信じられなかった。あなただとは思いたくなかった。だから私は確認のために、あなたらしき人に近づいた。
 深い足跡を残したまま倒れているあなたらしき人。その後姿を私は見間違うわけがなかった。たとえスキーウェアを着こんでいようが、髪が隠れるほど深くニット帽を被っていようともだ。しかもその服装に私は見覚えがあった。
 
「あ、あの……」
 
 声をかけるが、あなたらしき人は反応しない。覚悟を決め、うつぶせて倒れているあなたらしき人を仰向けにした。
 言葉が出なかった。あなたらしき人は、あなたであった。唇を真っ青にしたあなた。白い肌をした顔が、更に白くなっている。風景が白雪のせいだと自分に言い聞かせるが、心臓が早鐘を打ったかのように高鳴り始めている。
 
「あの、生田さん。生田絵梨花さん」
 
 初めてあなたの前であなたの名前を呼んだ。だが反応はない。頬をツンツンと突いてみた。手袋越しとはいえ、あなたに触れるのは初めてのことだ。初めてづくしのことに、口内はカラカラになっている。震えが止まらない。あなたは死んでしまっているのだろうか?
 周りを見渡し、誰もいないことが分かると、私はあなたが呼吸をしているのかどうかを確かめるため口元に耳を近づけた。
 
(呼吸をしている!)
 
 微かだが、風が吹けば聞こえぬほどの小さなものだが、確かにあなたは呼吸をしていた。まだ生きているのだ。病院に連れて行かなくては。
 私は元の道に戻ろうとしたが、ふいにあることが頭をよぎった。そう、ここには誰もいないのだ。見つかるかの可能性も低い。改めて周囲を見渡す。
 見渡す限り白雪の銀世界。まるで私たちだけがこの世界に取り残されたような気がした。誰にも邪魔をされない二人だけの空間。心臓が更に高鳴るのを感じる。
 
「生田さん……」
 
 そんな私のことなど知らないように生死を彷徨っているあなた。このまま放っておけば、凍死してしまうだろう。だから早く助けなくては。
 そう思っているのに、なぜであろうか? 私の足が一向に救助に向かわないのは。


( 2013/10/31(木) 21:43 )