第三章
04
 言い訳かもしれないが、私はこの父の放任主義のせいで、人として上手に成長できなかったように思う。
 その最もたるたとえで、オオカミ少年が挙げられる。狼に育てられた少年は、人間の言葉を話せず、唸り声を上げながら遠吠えをする。狼と共に生活をし、生肉を常食、四本足での歩行に、夜に活動をするといったように、その生活はまさに狼そのものだ。
 
 絵でしか社会と繋ぎとめるものがない父にとって、子育てもまた社会とは隔離されていたのかもしれない。
 祖父のことを私は知らない。それを昔に尋ねたことがあるのだが、言葉を濁すだけで、父は答えようとしてくれなかった。死んだのかと訊いたが、「そうではない」と言っていたところからすると、父はおそらく捨てられたのだろう。
 
 まるでカルマのようだ。大石家にあるカルマは、社会との断絶を意味していた。それに気が付いてはいるが、私にそれを断ち切る術を持ち合わせていない。幸いと言ってはなんだが、私に子孫は残せそうにない。私でこのカルマは終わる。
 
 
 曲の途中だが、私は演奏を中断した。弾き間違えてしまったのだ。もう一度間違えた個所から弾き直すのはおっくうに感じ、鍵盤蓋をした。今夜の演奏は終わりだ。
 相変わらず一定のリズムを刻んでいる波音。パートナーを一瞥すると、窓を閉めた。そのまま階段を下りる。
 
 電気が点けっぱなしのアトリエには、ワインの匂いがしていた。コルクを閉めていない上に、この部屋には窓がない。換気が出来ない部屋だが、私は気に入っている。
 父が他界をし、それまで物置であったこの部屋を自室兼アトリエにした。一階のグランドピアノが置いてある場所は、元は父のアトリエであった。寝室は三階で、隣同士の部屋だったが、父が三階に来ることは滅多になかった。
 
 そう、父は私と一緒で、アトリエで寝食をしていたのだ。ワインを飲むときだけはバルコニーで、大概はアトリエにいた。そのため、玄関を開ければいつも絵の具のにおいが出迎えてくれた。
 それが変だとは思わなかった。物心が着く頃からそうであったのもあるが、私は人の家に行ったことがなかったのだ。そのため、他人と比べることが出来なかった。
 
 父を真似たわけではない。だが何をするにも似てしまうようだ。それが親子なのかもしれない。たとえ愛されなかったとしても、だ。


( 2013/10/05(土) 22:59 )