第二章
02
 毎日ピアノ教室に通っている。それは半分私の意志であり、半分は母に勝手に申し込まれてしまったから。学校から帰って来るとピアノ教室へ。土日は夕方に行く。もう何年そんな生活を続けているのだろうか。何年同級生たちと寄り道をせずにいることか。
 帰宅してからも私は自室にあるピアノを弾く。これは私の意志。先生がいないので、好きに弾けるのが嬉しかった。
 
 高校の英語教諭を務める母の帰宅は十八時過ぎ。その間に私はピアノを弾く。誰にも邪魔をされない至福の時間。母はそれを自主練習だと思っているようで、感心しているようだ。本当は違うというのに。
 
 ピアノ教室からの帰り道、私はどんな曲を弾こうかと考える。これもまた一つの楽しみでもあった。コンクールの課題曲を弾くこともあれば、CMで使われている曲、アニメの曲なども弾くことがある。
 そう、自由に弾いていいのだ。決められた路線の上を走るだけの私にとってそれは自分で敷くことのできる唯一のレールなのだ。その上を走る喜びは、無上の喜びといっても過言ではない。
 
 
 そんな私の視界に彼がいた。細身で、いつも膝が破れたジーンズを穿いている。目を覆い隠すような黒髪はサラサラとしているようだが、目が見えないせいか不気味だ。髭こそ剃っているが、髪のせいで清潔感が半減をしてしまっている。失礼な言い方かもしれないが、ホームレスに近い。
 彼もまた画家だと聞いたことがある。といっても彼の父親ほどの才能はないらしく、ほとんど道楽で描いているらしい。いわば典型的な二世なのだと、母は嘲笑していた。
 
 二世がどれほど辛いものか、私には分からない。彼は父親と比べ続けられてきたのだろうか。私も幼い頃から姉と比べられてきたので、それは分かるのだが、二世の気持ちまでは分からない。
 
「道楽者の描く絵に何も訴えるものを感じなかった」
 
 いつか父が言っていた言葉。父は彼の絵を見たことがあるようだ。無口な父が言っただけに、私は鮮烈にその言葉を覚えている。
 まるでそれは私に言ったような気がしてならなかった。果たして私はどうなのか。人に訴える演奏を持ち合わせているのだろうか。


( 2013/09/25(水) 23:06 )