第二章
01
 今日も彼に会った。有名な画家さんの一人息子である彼に。
 彼の父は近所でも有名な人であった。近所付き合いを避け、人を避けるようにして海辺に家を建てた。豪邸とまではいかないが、それなりに大きな家。津波が来たのならばすぐに流されてしまうような立地場所に、小学生だった私は疑問を抱いていた。
 
 それを母に尋ねると「変わった人なのよ」の一言で片づけられてしまった。画家という職業はアーティストに通ずるのであるから、きっと私たちのような凡人とは感性が違うのだろう。独り納得をした。
 有名な画家さんは五年くらい前に亡くなった。突然の訃報に当時大きく取り上げられたのを覚えている。ご近所さんはマスコミにどんな人物であったかと尋ねられたらしいが、みんな口を揃えて「よく知らない」と言ったという。
 
 近所付き合いが薄まっていると、学校の授業で取り上げられたことがあるが、まさにあの画家さんほど近所付き合いが薄い人はこの街にはいないだろう。まるで私たちを拒絶するかのようであった。
 それを象徴するかのように建てられた家。今はその息子さんが一人で住んでいるらしい。行く用事もない私は、それを母から聞いた。母は近所の人から聞いたという。
 
「あの家は不気味だから絶対に行ってはいけません」
 
 私はずっと母の言いつけを守って来た。厳しい両親のもとで生まれ育ってきた私。生田家の次女として生まれた私は、幼い頃から言いつけばかりを命じられてきた。
 厳格な父は無口だが、有無を言わさぬオーラがあった。母は無口な父に代わり私と姉を厳しく躾た。鉄拳制裁も辞さないほどで、私たちは何度も彼女に叩かれ続けた。
 
 そんな私の唯一の楽しみはピアノだった。母に唯一直談判したピアノ。母もヴァイオリンかピアノを習わせようとしていたため、双方の意見が噛み合い、私はピアノを習うことが出来た。
 鍵盤を前にした時の緊張。自分が思い描いていた演奏を出来た嬉しさ。ピアノをしている間はすべてを忘れることが出来た。それが一過性のものだとしても構わなかった。やがて覚めてしまう夢でもいとわなかった。
 
 ピアノを弾いている時こそ私の至福の時間であり、本当の自分が出せる場所でもあった。


■筆者メッセージ
章によって視点が変わります。
( 2013/09/24(火) 23:02 )