第一章
01
 ピアノの音が聴こえる。優雅な調べ。今日もこの音を聴けることに感謝をしながら、“あなた”のことを想う。
 アスファルトを焦がすような太陽の下、陽炎(かげろう)がゆらゆらと揺らめく道の果てにあなたの家はある。白を基調とした洋風の家。そこであなたはピアノを毎日弾いている。
 
 今日はチャイコフスキーの『くるみ割り人形』か。バレエの曲に使われる曲だ。それが開け放たれたあなたの部屋の窓から流れてくる。よどみなく、滔々(とうとう)と。あなたの両手は今日も鍵盤の上を優雅に舞い踊っているようだ。
 私はあなたのおかげでピアノに興味を持った。バレエの曲からクラシック、あなたが時々気分転換で弾くCM曲やアニメソングまで覚えるほどにまでなっていた。
 
 あなたは私のことを知らない。私はあなたのことを知っている。きっと私は、世間でいうストーカーなのだろう。あなたが警察に言えば私は捕まってしまう。留置所に入れられ、警察官に毎日のように取り調べを受け、世間から非難される。私の未来は暗い。
 それでも構わないと思っている自分がいる。あなたにたとえ「ストーカーです」の一言をかけてもらえるのであれば。きっと私はどんな屈辱にも、どんな痛みにも耐えられるだろう。
 
 簡単な人間なのかもしれない。だけど私はそれで十分なのだ。あなたと付き合えるとは思っていない。身分の違いを跳ね返せるほどの生命力を私は持ち合わせていないのだ。ただ私は道に転がっている石。大石遼という名前だが、実際には小石に過ぎない。
 誰もが私のような小石に興味を持たない。それは当然のこと。道路には数えきれないほどの小石がある。私のその中の一人。
 
 だけど願う。あなたが私を拾ってくれると。無数の石の中から私を見つけ、その手で包み込んでくれる日を。
 夏の残暑が残る太陽の下、私はあなたが奏でる調べを聴き続けた。


( 2013/09/22(日) 00:30 )