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互いの近況報告がおおむね済むと“シン”と静まり返ってしまった。店内の流れる音楽もなければ客もどうやら僕たちしかいないようで静まり返っている。
さて。次は何を話そう。会話の最中、愛佳の仕事について聞こうとすると決まって彼女ははぐらかした。きっと触れてほしくないのだろう。
「どこで道を間違えたんだろうね」
対面する愛佳はコーヒーカップを両手に持って訊ねてきた。おそらく当時付き合い始めた彼氏のことを指しているのだろう。
「もしかしたら合っているのかもしれないよ。今は間違えたと思っていても、実際は長い人生で見ればそれが正しかったと言える日が来るんじゃないかな」
「いいこと言ってくれるね。そんなに優しかったっけ? それとも既婚者になったから?」
僕は鼻を鳴らした。
「どっちも」
「そう。ねえ、そろそろ時間だわ」
時計を見ると夕方に差し掛かったところだった。
「なんだ門限でもあるのか」
「そういうこと。ねぇ、来週も予定空けておいてくれない?」
「来週? 今度は美月を誘ってか?」
愛佳はかぶりを振った。
「また二人がいいな」
そう言うや愛佳は伝票を持った。僕はそれを奪おうとしたらサッと立ち上がられてしまって、伸ばした手は空転した。
「いいよ。ここは僕が持つ」
「誘ったのは私だし。あと、もし持ってくれるのなら次回のところがいいな」
「高価なところだったらお断りだ」
「大丈夫よ。学生だって払えるところだから」
また喫茶店か。はたまた飲みの誘いか。
しかし楽しみがわいてきた。久しぶりに美月以外の同世代の女性と話すのは案外楽しいものだ。
「ほどほどにしてくれよ」
僕の言葉に愛佳は歯を覗かせた。