09
待ち合わせ場所である喫茶店に到着するとすでに愛佳はいた。僕と目が合うなりこっちと手を振ってきた。
「なんかあれだよな、その言いにくいけどさ。愛佳昔から比べて色気が増したというか、きれいになったよな」
ホットコーヒーが運ばれてくると僕はそう切り出した。あの祭りの日にあったときよりも愛佳は色気が溢れんばかりに出ているように見えるのだ。
「口説いてる?」
「残念ながら僕は既婚者だ」
まだ熱いだろうなと思いながらもホットコーヒーに口をつける。が、やっぱり熱くてすぐに口元から離した。
「でも嬉しいな。修一君からそんなきれいになったなんて言葉をもらえるなんて」
そう言って愛佳はサイドの髪をかきあげると耳にピアスがあるのが見えた。
「いやいや。僕は昔から嘘をつかないから。愛佳だって知ってるだろ?」
「どうだか。大人になったらみんな嘘で塗り固めていくものなのよ。私も、それで何度泣いてきたことだろうかしらね」
アイコスを吸い始める愛佳は過去を思い出しているのか遠い目をしていた。
「確かに。思えば就活だって嘘から入ってるからな。はったりというか、何が本当で何か嘘なのかわからない時があるよ」
仕事のためだからと何回自分の気持ちに嘘をついただろう。自分のミスを認めたくなくて何度上司に嘘の報告をあげただろう。
旨そうに吸う愛佳に触発されて僕もアイコスを手に取った。テーブルの上にある箱を見れば自分と同じ銘柄だった。
「旨いよな、これ」
「うん。これが一番しっくりくる。メンソールはダメ。スースーして吸った気にならない」
「いつから吸い始めた? 大学時代は吸ってなかったよね」
「卒業してから。当時付き合ってた人が吸ってて私も吸ってみようってなって。自分の好きな人が喫煙所に行っちゃって私だけ取り残されるの。その時間が寂しくてさ、ついて行っちゃうのよ。で、『お前も吸ってみるか』って。バカだよね。たかだが数分を素直に待てないなんて。犬のほうがちゃんと“待て”ができるんだから、きっと私は犬以下ね」
「そんな好きだったんだ」
「うん。かっこよかったし。でもね、売れないバンドマンだったの。夢だけは大きくてさ、一緒にいると私も同じ夢を共有できるっていうか、同じ夢を見ているような気がしたんだよね」
「売れないバンドマンか。ダメ女とかであるよくあるパターンの恋愛だったんだな」
僕の言葉に愛佳は返事の代わりに口角を上げた。
ホットコーヒーに再び手を伸ばす。まだ熱いけれど飲める温度に変わっていた。