02
その夜、寝室で煙草を吸っていると風呂から上がった美月が金切り声を挙げた。
「ちょっと。新居で吸わないでよ。せめてベランダで吸って」
「うるさいな。アイコスなんだからいいだろ」
「よくないわよ。あなた、私たちがここに移り住んだ理由わかっているでしょ」
吸い終え、吸殻をビールの空き缶の中へ入れる。
「お前の父親の介護」
「まだお父さんは元気だから。あなたも見たでしょ」
美月の言葉に鼻を鳴らした。一年ほど前に脳梗塞で倒れたという義父は右半身にマヒが残っているために足を引きずって歩く。階段を上ることはおろか、手すりや杖がないとほとんど歩けない状態だ。
これのどこが元気だというのか。満足に歩くこともままならないのに生きていて何が楽しいのか。
しかもまだ六〇を過ぎたばかり。義父の寿命が後どれだけあるかわからないが、少なくともあと二、三年でポックリ逝くほど弱まっていない。
死ねばよかったものを。中途半端に生きながらえてしまうからこうやって人に迷惑をかけながら余生を過ごさなくてはならないのだ。
「ちょっと、どこへ行く気?」
「散歩。ついでにタバコ吸ってくる。ここで吸ってもいいなら行かないけどな」
美月は何か言いたげな顔を見せたが、無視してさっさと寝室を出た。
「クソみてえなところだ」
隣の家のスギヤさんとやらはこの家から百メーター以上離れたところにあった。この近辺の家同士はほぼこれぐらい離れているようだ。
街灯がほとんどなく、真っ暗だった。虫の鳴き声が耳につく。アイコスではなく、禁止されている紙煙草を取り出すと火を点けた。
紫煙を吐きながら自分の運命を恨んだ。美月と結婚をしたのは間違いではない。ただ不運が重なってしまっただけ。
「クソったれが」
最近ではクソという言葉が口癖になってきている。自分の努力ではどうしようもできない。ただ状況は受け入れがたいものであり、ストレスばかりが募る。
「どうしてこうなっちまったんだか」
ここへ来る前、美月が言っていた。
「私の実家ね、空気がきれいだから星空よく見えるんだ」
その言葉をふいに思い出し、空を見上げた。
あいにくの曇り空で雲が空を覆いつくしていた。
「クソったれ」
煙草を地面に落とし、靴ですり潰すと忌まわしい家の中へと戻った。