06
気味が悪くて早く家に借りたい反面、もしかしたら奴は自分の家の前で待ち伏せをしているのではないかと雄二は考えた。別に恵子や雄太の身に危険が及んだとしても構わなかった。自分と嬢に危険が及ばなければむしろ好都合だ。
ふらふらと歩いているとバーを見つけた。いつものような足取りで歩いていたら見落としてしまいそうなほどなのは、外観が店ではなく個人宅だったからだ。
ここで時間を潰そう。万が一警察官に発見前何をしていたかと聞かれることがあればここで飲んでいたと言えるし、証人だっている。
ガラスに黒いフィルターを張り付けているから中の様子は窺えなかった。が、ランプのような明かりは灯っていたし、クローズの札もないからおそらくやっているだろう。
「いらっしゃいませ」
店内はカウンターが六席しかなかった。店員は痩身な男で、雄二よりも年下に見えた。
「まだやってるよな」
「ええ。営業中です。閑古鳥が鳴いていますがね」
「そりゃあこんな佇まいじゃな」そう言いかけたが、救いの船だ。雄二は愛想笑いをして入り口から一番近い席へ着いた。
「ビールで」
「種類は希望ありますか」
「あー何でもいい」
せっかくいい気分だったのに台無しだ。店員がビアサーバーを使ってビールを注ぐと、雄二はポケットから携帯電話を取り出した。
嬢は今頃自宅に着いた頃か。奴の魔の手にかかっていなければいいが。雄二が嬢に電話をしようか迷った瞬間、目の前にグラスが置かれた。
まあ、大丈夫だろう。彼女よりも全てのことがマイナスに見えてしまう今の方が問題だった。こうなればいっそ泥酔するまで飲めば気持ちが変わるはずだ。
雄二がビールに口を付けると、赤ん坊の泣き声がした。店員が頭を下げる。
「すみません。うちのです」
「お宅か。なんだ結婚したばかりなのか」
「いえ、結婚して数年経つのですが、なかなか恵まれなくて。で、ようやく最近産まれたんですよ」
「そりゃあおめでとう」
「ありがとうございます」と言う男は三十代の前半に見えた。
「男か。女か」
「女です。妻が喜んでいましてね」
人の幸福話なんてものには興味なかったが、今は明るい話をしたかった。そうすれば全てがプラスに転じそうだ。
「大変だぞ、子育ては」
言いながら雄二はそういえば雄太のオムツを交換した記憶がないことに気が付いた。