05
博が部屋から出ると、ちょうど史帆と出くわす形となった。制服姿の史帆は博を見るなり明らかに敵意を含んだ眼差しを向け、スクールバッグを胸元へ寄せた。
「おう。なあ、金貸してくれよ」
「お金? 最近貸したばかりじゃない」
「そうだったか? まあ、いいじゃねえか。そんな細かいことは。俺、バイト首になって金苦しいんだわ」
「首になったって、どうするの」
親でもないのに人に人生にどうこう口を出すな。そういわんばかりに博が睨みつけるも、史帆も気丈に睨み返している。
が、怯えているのは明白だ。膝がガクガクしていて、ちょっと蹴ればすぐにでも倒れてしまいそうだ。
「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと出せよ。……でなきゃ犯すぞ」
最後は低い声でそう言うと、史帆は慌ててバッグから財布を取り出した。ピンク色の長財布から札を取り出そうとしているのを見た博は、すかさず手を伸ばしそれを奪った。
「なんだよ、てっきりもっと入ってるかと思ったら見掛け倒しか」
「ちょっと! 返してよ!」
史帆の財布はパンパンでそれなりの金額を期待したのに、肝心の中身はクーポンや店のポイントカードばかりだった。
「ゴム入ってんのか、これ」
「返して!」
「うるせえ。俺に歯向かうな」
財布を取り返そうとしてきた史帆の腹部にパンチを一発お見舞いすると、史帆はアヒルの鳴き声のように短く呻きながら地面に膝をついた。
「最低……」
「ああ、最低だよ。だけどそれがお前の血の繋がった兄妹だからな」
博は史帆の財布を漁ったが、これ以上目ぼしいものは出てきそうになかった。中に入っている札を全て抜き終えると小銭入れの中から硬貨を数枚取り出し、ほぼ現金が抜かれた財布を史帆の頭に投げ捨てた。
「このこと、親にチクったらタダじゃおかねえからな」
現金を自分の財布の中へ入れると、博は階段を下りて行った。
「畜生……」
まだ痛む腹部をさすりながら史帆は立ち上がると、フラフラとした足取りで自室へと向かった。
真っ暗な室内に入ると、痛みと悔しさのあまりその場に泣き崩れた。こんな生活をあとどれだけ続ければいいのか。
受験までまだ時間がある。史帆はさっさとこの家から出たかった。この家から出ることができるのなら、どこの大学だってよかった。
「死ねばいいのに」
いつしかその言葉が史帆の口癖となっていた。彼女はそれにまだ気付いていない。