02
博に煙草を差し出してきたのは初老の男だった。黒いスーツに黒いボーラーハットを被った男は博に一本煙草を差し出している。
「ああ、どうも」
博は軽く会釈すると、彼から煙草を受け取った。パチンコ屋に行けばこういう変わり者の一人や二人ぐらい珍しくはなかったから、警戒心はほとんどなかった。
「お兄さん、ツイてないね」
「ああん?」
彼が自分に向かって何か話しかけてきたのはわかるのだが、騒音でほとんどが聞こえなかった。
「“ツキ”のない未来だ」
「だからなんだって?」
男は博が自分の言葉を聞き取れていないのはわかっているはずだ。それなのに声の大きさを変えようとしない。
男の掌にはカードが一枚乗せられていた。どうやらタロットカードのようだ。絵柄を見るに太陽のようだ。
「なんだお前、俺にケンカ売ってんのか」
博が立ち上がると男も立ち上がった。身長差は十センチ以上博の方が高かった。
男はついて来いといわんばかりに手招きをした。博は男からもらった煙草をもみ消すと、彼の後へ続いて店を出た。
男は年齢の割に足腰がしっかりしているようでスタスタと歩いていく。日頃運動不足の博には男の歩くペースは速かった。しかしまさかこんな年寄りに置いて行かれるなんてプライドが許さない博は、ペースを落としてくれなんて口が裂けても言えるはずがなかった。
スタスタと歩く男の後を必死についていった先にあったのは一軒の喫茶店だった。けれど営業をしている様子もない。
ようやく足を止めた男はスーツのポケットから鍵を取り出すと、扉の鍵穴へ差した。
錆が進んでいるのか、なかなか回せないが、何度もしているうちにようやく解錠された。
室内は暗く、
黴臭かった。もう何年も人の出入りがないようで、ネズミの糞と思しきものが床のあちこちに見えた。
「俺をこんな汚ねえ場所に連れてきてどうしようってんだ」
潔癖症とは程遠いと自負する博もさすがにこの中には入りたくなかった。が、ここまで来たのだし、何よりもここで引いてしまっては男が廃るというものだ。
「君に“ツキ”を与えようと思って」
埃が綿のように固まったテーブルの上に男が一枚のカードを置いた。
カードは月の絵が描かれていた。