02
トイレで用を足していると、横から壁を殴ったような音が聞こえ、私は小さな悲鳴を上げた。
「いたた……」
聞き覚えのある声だった。
「てち?」
「ゆっかーか。どうしたの?」
「いや、急に音がしたから」
壁を挟んで会話をしているのは女子トイレ特有だろうなと思った。
「ああ、ちょっと寝てたみたい。壁に頭打っちゃった」
センターとして日々多忙な毎日を送っている彼女。私よりも年下だが、彼女の方が大人びた印象を受ける。
「大丈夫?」
心配だった。私の目から見ても、彼女はもう壊れかけの人形のようだった。多感な時期に馬車馬のように働かされている――彼女が望んで入ってきた世界とはいえ、あまりに酷な世界だった。
「うん。大丈夫……」
私の言葉には二つの意味を持っている。一つは壁に打ち付けた心配。
そしてもう一つはそれ以外のこと――。彼女は果たして私の真意を理解してくれただろうか。頭のいい子だから理解しているとは思うが。
隣の個室の扉が開く音がした。私も出ようとしたが、まだトイレットペーパーで拭いていない。私は諦めて浮かせた腰を便座に下ろした。
水流の音が聞こえ、トイレの扉が開く音が聞こえた。彼女はトイレから出て行ったようだ。私はふうと息を吐くと、扉が勢いよく開く音が聞こえた。
「漏れちゃう、漏れちゃう」
ドタドタとした足音と共に個室の扉が開かれる。奇しくも先ほど彼女が寝ていた場所だ。
衣擦れの音がすると、シャーッという排泄音が聞こえ始めた。
「ふう。間に合ったぁ」
声の主は心底ホッとした様子だった。相当我慢していたようだ。
音姫などは使わないようで、勢いのいい排泄音が続く。が、彼女の声にあまり聞き覚えがなかった。おそらくひらがなの子だろう。私は水を流すと個室から出た。
「あれ? まだトイレにいたんですね」
私が手を洗っていると、優佳ちゃんが入ってきた。お菓子でも食べているのか、口をモグモグさせている。
「何食べてるの?」
「差し入れのお菓子です。ところで、芽実ちゃん見ませんでした? 『漏れるー』って言いながらトイレへ向かいましたけど」
ああ、慌てて入ってきたのはその子か。面識はあるものの年齢が離れており、なおかつ優佳ちゃんのように人懐こい子ではないため、さほど話したことのない子だった。
「たぶんその子だったら」
私が個室を指差すと、水を流す音がした。
「ふう。スッキリした」
「漏らさなかった?」
「漏らしてないわよ。ギリギリだったけど」
同い年ということもあり、二人は仲がいいようだ。しかも同じひらがなメンバー同士。キャピキャピとしている二人に年齢の差を改めて見せられているようだ。