13
「死ぬかと思った」
店から出ると、愛佳の顔は憔悴しきっていた。
「ちょっと焦ったね」
「ちょっとどころじゃないわよ。悲鳴を上げるところだったわ」
ラグビーのタックルのような体勢で駆け出した愛佳だが、タイミング悪く現れた男性客とぶつかりそうになってしまった。
寸でのところでかわすと、トライを決めるかのようにビデオをレジへと置いた。猪のごとく突進してきた愛佳に、女性店員が驚いた顔をしながらも接客を始めた。
女性店員はビデオを持つとわずかに目を見開いた。愛佳は彼女と視線を合わせようとしないから気が付かなかっただろうが、棚の間から見守っていた私にはそれが見えた。
「危ねえなあ」
ぶつかりそうになった男性客が愛佳のことを睨んでいくと、店員の声が聞こえた。
「こちらはレンタルではありませんが、よろしいでしょうか」
「あっ、はい。大丈夫です」
頑なに視線を合わせようとしない愛佳の声は、私にはそう言っているように聞こえた。
会計を済ませると、愛佳は逃げるようにして店から出て行こうとし、私も慌てて後を追った。
「あんなところでこんなのを落としたら、間違いなく私の人生終わっていたわ」
購入したばかりのビデオは真っ黒なビニール袋に入れられていた。愛佳はそれを掲げると、さっさとバッグの中へ突っ込んだ。
「そのまま渡すの?」
「うーん。やっぱり止めようかな。大体女の子からエッチなビデオを渡すとか、ありえなくない?」
あんたがそれを言い出したのだろうが。なんのためにボーリングまでして勝負したのか。
「いや、せっかく買ったんだし、渡さなきゃ勿体無いでしょ」
「じゃあ、ゆっかーにあげる」
バッグの中に突っ込んだ黒い袋が再び顔を覗かせると、愛佳が渡してきた。
「いらないよ」
「なんで? ゆっかーって巨乳好きじゃん」
「誰がそんなこと言ったのよ」
「だってこれってそういうものでしょ?」
どうやら私の背中に隠れつつもパッケージを見たようだ。
「いやだから、これはたまたま近くにあったから取っただけだって」
「でもさ、男の人ってなんで胸の大きい女性が好きなのかな」
それは私も疑問に思ったことがある。
「自分にないものだからじゃない? ほら、持ってたら別にいらないでしょ」
「ないものねだりってやつね。まあ、それが無難なのかな」
私がなかなか受け取らないためか、愛佳は諦めたように袋をまたバッグへと戻した。
「どうしよう、これ」
「持って帰って観れば?」
「私が?」
「一人が嫌だったら理佐と一緒に」
愛佳の笑い声がした。
「冗談言わないでよ。理佐には死んでも買ったことなんて言いたくないし。そうだ。このこと絶対他の人に言わないでよ」