01
レッスンを終えてモップがけをしていると声を掛けられた。
「お疲れ様」
顔を上げると、まだジャージ姿の志田愛佳が立っていた。
「ああ、お疲れ様。帰らないの?」
仕事の関係でみんなよりも遅くなった私は、居残りという形で残っていた。他のメンバーはとっくに帰っている。確か愛佳も最初からいたはずである。
「ほら、マッサージ受けてたから」
そういえば、愛佳はレッスンの途中で腰が痛いといって姿を消していたことを思い出した。
「ああ。大丈夫なの?」
「うーん。どうだろう。てかさ、欅のダンスって激し過ぎない? 若いからって何でも出来るわけじゃないんだけどさ」
不満を言いながら腰をトントン叩く愛佳は辛そうだった。
「確かにね。でもそれが私たちの売りでもあるし」
「身体を痛めたら元も子もないのに。あーあ。なんかいいことないかなぁ。最近辛いことばかりな気がする。このまま辞めちゃおうっかなぁ」
私が磨いた床の上を靴音を鳴らしながらターンする愛佳は、そう言ってやるせなさそうに溜め息を吐いた。
「出た。愛佳の辞める辞める詐欺。もう聞き飽きたよ」
メンバーによってストレス解消方はまちまちで、愛佳はストレスが溜まるとすぐに辞めると言い出す。最初のうちはそれを聞いて慌てたものだが、最近ではもはやネタと化しているため、みんな聞き流すようになっていた。
「いやいや。今度は本気だし」
「じゃあ、辞めて何かしたいことでもあるの?」
私の質問に愛佳は腕を組んで顎を指先で触った。
「うーん。旅行、とか。イギリスやフランスへ行ってみたい。アメリカでもいいな」
「その先は?」
「その先? うーん。特にないかなぁ」
私は苦笑した。
「辞める時はその先のビジョンを持たないと。女だって結婚だけが最後ってわけじゃないんだよ」
愛佳は感嘆の声を上げた。
「へぇ。さすがキャプテン。よく考えてるね」
「茶化さないの」
モップを片付けると、磨き終えた床にゴミが落ちていないか確認する。
「掃除終わった? じゃあさ、ご飯でも食べに行こうよ」
意外な誘いだった。愛佳はいつも相方である渡邉理佐と行動を共にすることが多い。愛佳との食事は数えるほどしかなかった。
「珍しいね。理佐じゃなくていいの」
「だってここにはゆっかーしかいないじゃん。理佐は別にいつでもいいしね」
ドライというか、クールというか。悪気はないのは分かっているが、愛佳はもう少し言葉を選んでほしい時がある。
「じゃあお供しますよ」
「おおー。それじゃあ焼肉でも行っちゃう?」
「はいはい」
それを分かっていて注意出来ない自分が女々しくて嫌だった。
立場上注意しなくてはならないのに、人から嫌われたくないがゆえに飲み込んでしまうのだ。
「じゃあ行こう。どうせ煙たいんだからジャージのままでいいよね」