第5章「落城」
04
 シャワーを浴びるとようやく一日が終わるような気がする。
 お菓子を食べながらの談笑を一時中断して、私は浴室へ向かった。もちろん、優佳ちゃんは私に先を譲った。

「ほんと真面目な子ねぇ」

 シャンプーを手に取ると、ガチャリと音が聞こえた気がした。優佳ちゃんが部屋を出たのだろうか。それとも聞き間違いか。私は意に介すことなく、シャンプーを泡立てた。

「湯加減はいかかでしょうかー」

「シャワーだけだから」

 どうやらこのホテルの壁は他よりもかなり薄いようだ。部屋から発せられた声が浴槽までクリアに聞こえるなんて。
 ましてシャワーを出しながらだ。大所帯とはいえ、もう少しいいホテルに泊まりたいものだ。

「疲れた時にはお風呂ですよ」

「そうよね。時間があったら後で溜めようかな」

 適当に返答すると、おやっと思った。いくら何でも声がクリアすぎないか。これではまるで隣にいるようじゃないか。
 私は濡れた髪をかきあげると、カーテンの先に人影が見えた。

「え? 優佳ちゃんそこにいるの?」

「はい。一緒に入りたくて」

 洋服を脱いでいるのがカーテン越しから分かった。

「ええ! 一緒に! 無理よ、無理。絶対ダメ」

 下を向けばちょこんと“奴”がいる。都合よく消えてくれるでもなく。

「いいじゃないですか。女同士なんだし。裸の付き合いっていうでしょ」

 だから私は半分男なんだよ!

「ダメ! 今日はダメ!」

「何でですか」

 カーテンを開けてこようとして、私は慌てて閉めた。

「あの日だから! もう血がドバっと出ちゃうから」

「別に気にしませんって。女なんだからよくある話ですし」

 女で男性器が付いているはずがないだろ!

「いやいや、もうサスペンスなみに出ちゃってるから」

「それ救急車呼んだ方がいいんじゃないですか。ちょっと見せてください」

「あーダメ、ダメだから!」

 必死にカーテンを死守する。これが私の最後の砦なのだ。

「何でですか。そんなに菅井さんは私とお風呂に入るのが嫌なんですか。私、なんか嫌われるようなことしちゃったんですか。教えてください。私に非があるのならいくらでも謝りますから」

 声のトーンがいかにも泣きそうだ。私の良心がグラっと揺らめいた。
 しかしここで巻けるわけにはいかない。この薄いカーテンだけはなんとしてでも死守しなくては。

「違うの! 優佳ちゃんは悪くない。悪くなくて、宗教的、そう、宗教的な意味で無理なの」

 その時だった。ビリッと布が破れる音がしたのは。引っ張りすぎたせいだ。
 カーテンが床へと落ちていくのがスローモーションだった。

( 2018/04/25(水) 18:52 )