第4章「ねるねるねーるね」
01
 なんてことをしてしまったのだろう。
 昼間にしてしまった自分の行為は、夜になっても変わらず私の中に罪悪感として沈殿し続けている。

 ついにメンバーに手を出してしまった。出たのは手ではなく、白濁色の欲望の塊ではあったが……。何度もあのシーンを思い出しては、私は振り払うかのように髪の毛を掻き毟った。
 楽しかった夢が醒めてしまうように、子供の頃あれだけ夢中になっていたオモチャ集めにいつしか興味を示さなくなったように、射精をしたらスーッと潮が引いたかのように熱が引いた。

 襲ってきたのは後悔と恐怖心だった。ツンと鼻にくるアンモニア臭と、すっかりと嗅ぎ慣れてしまったイカ臭さに、私は事の重大さを知った。
 謝らなくては。射精をしたというのに、まだ存在を放つ愚息に怯えながら私は謝罪の言葉を出そうとした。けれど、口が閂を閉ざされた門のように開かない。

「ゆっかーのバカ!」

 口元を涎と精液と涙でビシャビシャにした美波ちゃんは、逃げるようにして部屋から出て行ってしまった。
 ビチョビチョの床。拭かなければと思いつつも、身体が動かない。何をすればいいのか。何から始めればいいのか。
 分からない。考えようとしても、霧がかかったように何も考えられない。ただ涙ばかりが流れ出るだけだった。

「死にたい……」

 蛍光灯があるだけの殺風景な天井に向かってそう呟く。
 死にたかった。けれど、私は何をするわけでもなく、帰宅してベッドでただ涙を流すばかりだった。
 自分がどう処理をして帰って来たのかさえ覚えていない。空っぽの人形だ。ただ、醜い部分を持ち合わせた文字通り、醜悪な人形だ。

 と、聞き慣れた通知音がした。真っ暗にした部屋の中に光が漏れた。小さな振動をさせたスマホを手に取ると、もしかしたら彼女からかもしれないと思い、姿勢を正した。
 心臓が早鐘を打ったように速くなる。どんな言葉でも受け入れたいけれど、恐怖心が風船のように膨らんだ。

 恐る恐るディスプレイを見る。ふいに光が目に入り、暗闇に慣れた目には眩しい。
 文字を追うと、小池美波の名前ではなく、長沢菜々香の文字が見えた。

「お前かよ!」

 思わずスマホを投げそうになった。寸でのところで手が止まってくれたが、内容が気になった。彼女にも見られているのだ。
 人にペラペラと話す子ではないにしろ、さすがに放置するのも危険な相手だった。もしかしたら誰かの入れ知恵で私を脅すということも十分に考えられた。

<どうして錦野旦さんってスターなんだろう>

 ディスプレイに映されたあまりにも低レベルな質問且つ何の脈略も無い文章に、私は「知らねえよ!」とスマホを枕に投げつけた。

( 2018/04/25(水) 18:48 )