第2章「私、見ちゃったんです」
05
 一体どれほどの時間が経ったのだろう。五分? それとも十分? もしかしたらまだ一分ぐらいしか経っていないのかもしれない。
 時間の感覚すらない私はただ泣き続けていた。悔しいとか、悲しいとか、そういうのを通り越していた。もはや何が悲しくて、何が辛いのかさえ分からない。頭の中は真っ白だった。

「……ゆっかーは男の子なの? 女の子なの?」

 ようやく口を開いた長沢君に、私は嫌々をするように顔を振った。

「これってあれだよね。おちんちんだよね」

 ヒヤッとした感触がし、私は顔を覆っていた手を下げた。視界がパッと明るくなり、いくぶん硬度を落とした男性器に手を添える長沢君が見えた。

「どういうこと?」

「分からないの。ある日突然生えてきて。私にもなんだか分からないの」

「そんなことあるんだ」

 滲む空に鳥が飛んでいるのが見えた。いいな。彼らのように自由に空を飛び回りたい。
 なぜか男性器に手を添えたままの長沢君はそれしきり黙ってしまった。正直手を離してもらいたかったけれど、私にはそれを言うだけの気力はもはやなかった。

 このまま熊にでも襲われて死んじゃないたいな。そんなことをぼんやりと考えていると、男性器がみるみるうちに小さくなっていくのが分かった。
 最初から目を覚まさなければよかったのに。恨むようにそう思った矢先、長沢君が再び口を開いた。

「え? 小さくなっていくよ。どうなってるの、これ」

 ああ、男性経験がないんだな。私もだが、やっぱり長沢君には“そういう”経験がないのだと知るとなぜだか可笑しく思えた。

「不思議。あれだけ大きかったのに、今じゃ指のサイズだよ。ねぇ、これ本当におちんちん? オモチャじゃないの?」

 ペタペタと男性器を触られ、解剖学か何かの実験にされている気分だった。刺激が弱いせいか、再び勃起することはなかった。

「お願い。誰にも言わないで」

 一通り触診を終えたタイミングを見計らって、私はズボンを穿き直した。目尻に溜まった涙を拭うと、視界がようやく元に戻った。

「言わないよ。言っても誰も信じてくれそうにないし」

 そう思うと、不思議ちゃんで知られる長沢君でよかったのか。私は溜め息をついた。

「信じてるから」

「うん。スタッフさんも待ってるだろうし、戻ろっか」

 重苦しい雰囲気の中、私たちは来た道を戻った。
 道中で、長沢君が口を開くことはなかった。無論、私も何も話題を振らなかったし、振るほどの気力もなかった。

( 2018/04/25(水) 18:45 )