第2章「私、見ちゃったんです」
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 最初は心地良かった木々の青々としたにおいも、いざ機材トラブルに見舞われると、癒し効果なんてものはサッパリと消えていた。
 スタッフさんが大慌てで機材を修理している様子を見ながら、私はパイプ椅子に深くもたれかかって、天を仰いだ。木々の間から青い空が見える。

「直るかな」

 不安げな声が聞こえ、私は声がした方を向いた。いつの間にか隣には長沢君が座っていた。

「大丈夫よ」

 長沢君は自分が怒られたみたいにシュンとしていた。機材トラブルなんてよくあることなのに。

「撮影にトラブルなんてつきものでしょ?」

「うん。そう、だね」

 冠番組でのロケだった。私と長沢君が山の中を歩いて食べられるキノコを探すという内容だ。数週間前に行われた打ち合わせでそれを聞いた時には、「山の中だけじゃなくて、私にも生えちゃいましたよ」とでも冗談を言ってやろうかと思った。
 何が悲しくて自分の股間にもキノコが生えなくてはならないのか。一向に治る気配を見せないことに私はもはや自虐的になっていた。

 迷子になってしまった子供のように不安げな表情をしたままの長沢君は、それしきり黙ってしまった。欅坂に同時期に加入し、これまで何度もこういった機材のトラブルに巻き込まれてきたのだから、もういい加減慣れればいいのに。
 最近の私は些細なことでイライラすることが増えた。間違いなく元凶は股間に生えたキノコにある。私はジャージ越しから今は大人しくしているキノコを睨んでいると、肩がツンツンされた。

「トイレ」

 今の長沢君は子供だった。言いたいこともハッキリ言えず、トイレにすら一人で行けない。

「行きたいの?」

 コクンと頷く長沢君に、私は思わず溜め息を吐いてしまった。

「ごめんなさい」

 あからさまに機嫌を損ねたと見たのだろう。長沢君は今にも泣き出しそうだった。こういう顔をされると弱かった。

「別に怒ってないわよ。私もしたかったから、一緒に行こっか」

 尿意はなかった。けれども、すっかり小さな子供に戻ってしまった長沢君に、私の良心が揺り動かされただけだ。
 山中での撮影ということもあり、トイレは下山をするかこのまま少し登らなくてはならない。ルート的には登る方が近いため、私は近くにいたスタッフさんにトイレへ行くことを伝えた。

「ねぇ、熊とか出ないよね」

 ガイドさんの話によれば、ここら辺は大丈夫だという。が、絶対ではないと言っていた。長沢君はそのことが印象に残っているのだろう。
 ただ、今の私からしてみれば怖いのは熊よりも、何も言わずに突然生えてきたキノコである。熊は見つければ逃げればいい。キノコは生えてきたらどうすればいい?
 長沢君が腕にしがみつくように手を回してきた。むにゅんと胸の柔らかさが肘に伝わり、私のキノコが冬眠から目覚めかけた。

( 2018/04/25(水) 18:43 )