03
心臓マッサージを繰り返す。手が柔らかな感触を感じ取る。口付けを交わすように息を相手に送る。それだけなのに、僕の股間は早くも痛いほど勃起をしていた。
いっそのこと、処理をしてから再生させようか。そんな考えが頭をよぎった瞬間、心臓の辺りを押さえていた手が反発されたように跳ねた。
驚いて手を離し、“彼女”を見る。真っ白だった唇や顔色が色身を帯び始めた。
起動したのだ。僕は慌てて説明書を手に取った。
『心肺が蘇生したら起動までしばらくお待ちください。人形の目が開いたら事前に決めた名前を呼んで下さい。瞳孔が開いたら認証したサインとなります』
インターネットで購入する際、注意事項に名前を決めることが推奨されていた。このためだったのかと僕が感心すると、“彼女”の目が開いた。
「友梨奈。友達の『友』に果物の『梨』に神奈川の『奈』で友梨奈。君は友梨奈だ」
余計なことを言い過ぎてしまったか。僕がそう思った瞬間、瞳孔が開いた。
「私は友梨奈」
声が聞こえた。明らかに“彼女”から発せられたものだ。精巧に作られているのは見た目だけでない。声も人間そのものだ。僕は嬉しさがこみ上げてくるのを抑えきれなかった。
「そうだ。君は友梨奈だ。これからよろしく」
友梨奈の身体を起こす。起動する前は冷たいままだったのに、今では血が通っているかのように温かい。
「ご主人様。これからよろしくお願いします」
そう言って、友梨奈はニッコリと微笑んだ。
人形ではない。生身の人間のような表情だ。僕は呆気にとられると、友梨奈は不思議そうに顔を傾けた。
開発者が年月を費やした実験を成功した時には、こんな気持ちになるのだろう。僕は開梱と心肺の蘇生ぐらいしかしていないが、気分は高揚しっぱなしだ。
目を見ているのが照れ臭くなって目を背けると、説明書が目に入った。起動させた後は、まだ何かあるのだろうかとページを捲る。
『<起動したら>起動をしたらシャワーを浴びせるのをお奨めします。工場内では清潔に注意していますが、微量のゴミが付着している可能性があります。行為前の感染および、病気の予防のために入浴等をしてください。また市販のシャンプー等によっては人形に拒絶反応が出る可能性があります。長くご使用していただくためにも、ご注意ください」
説明書の中では彼女は人形だ。しかし、僕の目からではどう見ても血が通った生身の人間としか見えなかった。
「とりあえず、風呂に入ろうか」
開梱をして汗をかいているし、ちょうどよかった。
「はい。ご主人様」
友梨奈は嬉しそうに目元を細めた。