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瑞希はきっと戻って来てくれるはずだ。ほんの気の迷い――もしかしたら田舎に住む母親が倒れたのかもしれない。優しい彼女のことだ。すぐにお見舞いへ行くと、家のことを母親に代わってやっていることだろう。
僕は瑞希のことを待った。何週間も。何ヶ月も。街路樹の色が変わっても、その葉を落としても。僕は待ち続けた。
けれども瑞希が帰って来ることは無かった。ただ悪戯に時が過ぎたばかりか、気が付けば僕は借金を負っていた。
実は瑞希への婚約指輪は借金をして購入した物だった。掛け持ちだけでは風俗の代金はおろか、指名料やプレゼント代で底を付いていたのだ。
何とか生活費から捻出をしていたが、さすがに指輪となると借りる以外になかった。二十歳を過ぎていたから、学生でも借りられる消費者金融で初めてお金を借りた。
罪悪感はなかったといえば嘘になる。親に申し訳ないなと思いつつも、結婚相手の為に、将来への投資だと思って割り切った。
けれども瑞希はそれを受け取ってくれなかった。指輪はタンスの引き出しに保管してある。お金に困窮していながらも、僕はそれを売り払うことが出来なかった。
借金の返済期限が迫り、僕は慌てふためいた。瑞希が消息を絶ってからも、僕の風俗通いは止められなかったのだ。
そう。性欲が止め処なく溢れ出てくるのだ。壊れた蛇口のように。自慰だけでは治まりの付かない身体へとなってしまっていた。
お金がないのに、僕は風俗へ通った。男に言われた通り、様々な女を抱いた。店の嬢全員を抱いた。
そう。僕はあの店へ通い続けたのだ。いつか瑞希があの店へ戻って来てくれることを信じて――。
「お前、最近大丈夫か。バイトのシフトめちゃくちゃだぞ」
借金を返済するために僕は更にバイトの掛け持ちをした。二十四時間営業しているレンタルビデオ屋で深夜働いた。
朝は清掃のバイト。そのまま倉庫でのバイトを終えると、仮眠をしてからレンタルビデオ屋で働いた。身体はもちろん悲鳴を上げていた。
大学へは行っていなかった。いや、行けなかった。大学へ行く時間があったら、一秒でも働きたかった。とにかく金の亡者になっていた。
清掃のバイトを終え、倉庫へ行くと鈴木がシフト表を見ながら眉間に皺を寄せた。そうだろう。僕のシフトは以前の倍以上になっていたのだから。
「お金がいるんだよ」
不思議と眠気はなかった。ずっと興奮状態が続いているようだった。そのくせ、どこかふわふわとしているというか、宙に浮いているような気分だった。
「バカが。俺の忠告を無視するからだ」
バカと言われるのは二度目だった。
けれども僕には言い返す言葉も気力もなかった。