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結局僕はアルバイトを掛け持ちした。清掃のアルバイトと倉庫のアルバイトを掛け持ちしながら瑞希のいる店へ通い続けては、プレゼントを贈った。
どんなに身体が疲れていても、瑞希に逢った瞬間癒され、プレゼントを渡した瞬間彼女が見せる嬉しそうな顔に疲労が吹き飛んだ。
家族が出来たらきっとこんな感じなのだろう。
避妊具越しだったけれど、セックスをして愛し合う。これはもう瑞希は恋人なんかじゃなくて、妻のようだ。
だから僕は思い切ってプロポーズをした。いつも通り、行為を終えて裸でまどろんでいる最中に僕は瑞希に求婚をした。
消費者金融にお金を借りて指輪を買った。高いものは買えなかったけれど、決して安物ではなかった。
指輪を見せた瞬間、きっと泣いて喜んでくれるに違いないと思っていた。
けれど瑞希の反応は違った。悲しそうな顔をした。
「ごめんねキー君。キー君は好きだけど、結婚は出来ないの」
「どうして?」
まさか断わられると思わなかった僕は瑞希の言葉に狼狽した。
「どうしてって言われても……。とにかくダメなの」
「なんで! 分からないよ。瑞希は僕のことが好きなんだよね? だから結婚をしようよ。僕はまだ学生だけど、働くから。瑞希のことを世界で一番幸せにするから。だからお願い! 結婚しよう」
「……時間をちょうだい。お願い。時間をちょうだい」
瑞希の反応は有無を言わさぬ圧力があった。僕はそれ以降何も言えなくなってしまった。
「ああ、瑞希さんなら辞めましたよ」
瑞希へプロポーズをして一週間が経った。そろそろ答えが決まったことだろう。あの日は突然のことできっと頭が混乱してしまったに違いない。
僕は入学式以来着ていなかったスーツを着て店へ向かった。さすがにあの日は早急すぎた。服装を整えてから再度プロポーズをするつもりだった。
いつものように店へ行くと、無愛想な男は僕を見るなり開口一番そう言った。
「辞めた?」
「ええ。つい最近」
男は僕の目を見ることなくサラリと言った。
「どうして……」
「さあ? この業界消える人も多い中で、キチンと辞めると店側に伝える子は少なくて。瑞希さんはキチンとそれを伝えてくれました」
「お宅のことはどうでもいいんだ! 瑞希はどうして辞めたんだよ。教えてくれ」
僕は男に殴りかからんばかりに詰め寄った。男とこんなにも接近するのは初めてのことだった。
「だから知りませんよ。そんなに知りたければ興信所にでも頼めばいいじゃないですか」
ようやく目が合った。男の目は血が通っていない死んだような目をしていた。
「ふざけるな。お前だろ。お前が瑞希を隠したんだろ!」
男の胸倉を掴むと、逆に僕の身体が持ち上がった。
「ふざけてんのはお前だろ。営業の妨害をするようならタダじゃ済まさねえぞ」
腹に衝撃が走ったのはそれからすぐのことだった。