07
いざ保健室まで来たはいいが、二人きりで何を話したらいいのだろう。保健室にいるということだけを聞いて走ってきたから、圭介は話すことを何も考えていなかった。
「あの、何か飲みますか? 自販機で買ってきますよ」
沈黙が怖かった。何とか頭に浮かんだのは、飲み物だった。
「ううん。大丈夫」
だが、あっけなく断られてしまった。
何を話したらいいのだろう。真っ白な答案用紙のように、圭介は答えがまるで出てこなかった。
「ところで、北野君ってまだ授業中だよね?」
救いの手は相手から伸びてきた。
「そうですけど、うちのクラス自習中なんですよ。で、トイレに行こうとしたら深川先生とバッタリ出くわして、生田先輩が倒れたって聞いたから」
「そうなんだ。倒れたって、深川先生も大袈裟だなあ。ちょっと横になっていれば大丈夫だって言っていたのに」
貧血とは聞いていた。なんだか麻衣が嘘をついたようになってしまっているが、これはもうしょうがないことだと圭介は割り切っていた。
「で、心配で飛んできたんです」
「うーん。心配してくれたのは嬉しいけど、わざわざ授業を抜け出してくるものねえ。いくら自習中だからって。なんだかサボりの口実に使われたみたい」
複雑そうな顔を見せる絵梨花に、圭介はしまったと思った。真面目な人だから、こういうことは悪印象しか残さない。
「ち、違いますよ。僕は本当に先輩のことが心配で……。でも先輩が帰れって言うのなら、素直に帰ります」
捨てられた子犬のような気分だった。自分はただ、彼女のことが本当に心配で来たというのに。それがかえって逆効果を生んでしまったのだろうか。
「いや、そんな落ち込まないでよ。来てくれたのは嬉しいよ。うん。ありがとうね、北野君」
絵梨花の手が圭介の手首を掴む。白くて綺麗な指。圭介は全身の毛が逆立つような感動を覚えた。
「そ、そんな。自分は当然のことをしたまでです」
「ふふっ。なに、それ。今にも敬礼しそうだね」
絵梨花が笑ってくれた。風雪に耐えた桜の花が開花したような柔らかな笑み。
「生田先輩に敬礼!」
彼女のそんな笑みを見れるのであれば、ピエロになるなんて安いことだった。圭介はビシッと敬礼すると、絵梨花は声を上げて笑った。
「北野君って意外とお茶目なところがあるんだね。知らなかった」
「自分はいつだってお茶目ですよ。いや、もちろん先輩の前だけですよ」
「ねえ、その先輩っていうの止めてくれない? 私、運動部じゃないからそういうこと言われるとなんだかむず痒いっていうか」
――じゃあ、絵梨花さんでいいですか。僕のことは圭介って呼んでください。
下の名前で呼び合えるなんて最高じゃないか。
「わかりました。じゃあ、生田さんって呼びますね」
けれども、不器用な圭介がそんなことを言えるはずもなかった。