06
生田と聞いて、圭介は思わず飛び上がりそうになった。
「え? 生田さんって、ピアノがすごく上手な方ですよね?」
「そうだけど。それがどうしたの?」
怪訝な顔をする麻衣に、圭介の行動は早かった。
「ちょっと僕も体調が悪くなってきました。保健室に行ってもいいですか」
そう言って腹部を押さえる圭介。
「えっと、本当かしら」
麻衣の目は明らかに嘘だと見抜いている目だったが、圭介は貫き通した。
「本当です。急にお腹が痛くなってきたんです。これは授業どころじゃありません」
「なら救急車を呼ぼうかしら。盲腸かもしれないし」
「いやいや。救急車はいいです。保健室で横になっていれば痛みが引くかと思います」
身体をくの字に曲げ、腹部を両手で押さえながら圭介はチラッと麻衣のことを伺い見た。
「しょうがないわねえ。確か自習中って言ってたわね。それなら、自習が終わるまでは保健室に行っていてもいいわよ。ただし」
麻衣は圭介に向かって人差し指を突き立てた。
「エッチなことはしちゃダメよ」
「しませんよ、そんなこと」
人が怪我をしたときにはパイズリまでしたくせにと思ったが、圭介はそれを言わなかった。今はなんとしても保健室へ行かなくてはならない。
「よし。じゃあ早く行ってきなさい。私は適当に時間を潰してから行くから」
「ありがとうございます」
頭を下げた圭介は、颯爽と廊下を駆けた。
「元気じゃない。もう」
その後姿を見ながら、麻衣は苦笑した。
◇
授業中の静かな廊下を駆けていくと、すぐに保健室の前にたどり着いた。走ったせいもあるが、憧れの人がいるということもあって息が荒い。圭介は深呼吸をすると、そっと扉を開けた。
消毒液のにおいがする保健室。一部分だけカーテンに覆われた場所があった。おそらくあそこに彼女はいるはずだ。圭介は足音を忍ばせながら近づく。
「あの、生田先輩ですか」
「そうですけど、どなたですか」
やはり彼女だった。圭介の胸がドクンと跳ね上がった。
「北野です。あの、新聞部の」
ああ、という声が聞こえたかと思うと、カーテンが音を立てて開けられた。
「どうしたの?」
カーテンの先にいたのは、紛れもなく生田絵梨花だった。ジャージ姿の彼女はクリクリとした目で圭介のことを見ている。
「いや、生田先輩が倒れたって聞いたもので。その、お見舞いに行こうかなって」
後頭部を掻きながら、圭介は勝手に奥へと進んだ。わざわざ嘘をついてまでここまで来たのだ。何の収穫も無しには帰れなかった。
「倒れたって。大袈裟だなあ。貧血で気分が悪かっただけ」
いきなり来た来訪者に、絵梨花はどことなく嬉しそうだった。