01
帰宅した圭介は、制服を脱ぐとそのままベッドへ倒れ込むようにして寝転んだ。
ついに童貞を卒業した。が、その実感はあまり少なかった。こんな望まない形で卒業をしてしまったため、心の中にモヤモヤとした気持ちを抱えているのだ。
と、部屋をノックする音が聞こえた。誰だろうか。こんなときは誰とも話したくないというのに。
「ねえ、頼んだ物は買ってきてくれた?」
日奈子だった。彼女の言葉を聞いた瞬間、圭介は「あっ」と声を漏らした。
「忘れてた」
部活をサボったはいいが、未央奈との一件ですっかりと忘れていた。
「もう。頼んだじゃん。しかも年頃の妹の前でパンツ一丁とか。サイテー」
罵られても、圭介は誰か他人が言われているような気がした。
「ねえ、何かあったの?」
そんな兄の反応に妹は目ざとく気が付いたようだ。
「まあ、色々と」
「ふうん。じゃあ、早く買ってきてよ」
日奈子の言葉に、圭介は身体を起こした。
「何で。お前が買ってくればいいじゃないか。どうせ俺をパシリにしようとしてたんだろ」
「違うよ。日奈子も予定があったの。でも、予想より早く終わったからこうして帰ってきただけ」
「じゃあ、何で帰りがけに買ってこなかったんだよ」
「だーかーらー。そっちが買ってきてくれると思ってたんだもん」
地団駄を踏むような日奈子を見ながら、圭介は溜め息をついた。もう何を言っても無駄だろうし、散歩がてら行くのも悪くないだろう。
「わかったよ。買ってくる」
ベッドから起き上がると、適当な服に着替えた。
「で、何を買ってくればいいんだっけ?」
「待って。日奈子も行く」
「はあ? お前も行くの?」
「欲しいお菓子もあるんだ。間違えられたらムカつくし」
「じゃあ、お前一人で行けばいいだろ」
まるで一人では満足にお使いにもいけないようだとバカにされているようで、圭介はムッとしながら答えた。
「そしたら誰が荷物持ちをするのよ。買う物に重たい物もあるんだから、持ってもらわないと」
「俺は本当にパシリかよ」
せっかく一人きりになりたかったのに。
「まあまあ。こんな可愛い妹と一緒に外を出歩けるんだよ。感謝しなきゃ」
「学校じゃお前より可愛い子はたくさんいるし」
例えば、生田絵梨花とか――。
きっと淑女な彼女は、こんな扱いをしないだろうなと圭介は思う。申し訳なさそうに頼んできた、彼女をどうして無下に出来よう。彼女の頼みとあれば、喜んで行くというのに。
「とにかく、一緒に行くから。身分証明書を忘れないでね。保険証とか、学生証とか」
「なんで?」
「こんな可愛い女の子と歩いていて、万が一警察の人に職務質問されたらあたしを妹だと証明できる物がないとまずいじゃん」
日奈子は悪戯そうな笑みを浮かべたまま答えた。