01
トイレから教室へ戻ろうとしたときのことだ。圭介は見知った顔を見つけた。
「あっ、ども」
橋本奈々未だった。三年生の彼女が、一年生の教室を歩いているのは不思議だった。
圭介が声をかけると、奈々未はチラリと声の方を向いた。
「これからお昼?」
「そうですね。橋本先輩はどうしてここへ?」
「ちょっと一年生の子に野暮用で。お昼はどうするのかしら」
もしかしたら、誘っているのか? つい先日、あんなことがあったばかりである。弥が上にも期待が膨らむ。
「コンビニで買ってきました。でも、どこで食べようかなって」
和也は風邪をひいたとのことで、欠席の連絡があった。一人で食べなくてはならないから、教室で食べようと思っていたが、圭介は一か八かで嘘をついた。
「へえ。そう」
が、奈々未はそれを“スルリ”とすり抜けてしまった。口元はわずかに上がっている。
サディスティックな面を持ち合わせる彼女らしい。きっと、圭介の考えなど手に取るようにわかっているのだろう。
――橋本先輩も一緒にどうですか。
その一言が言いたいのに、圭介の口からなかなか出てこない。言い慣れていない言葉が喉元まで出かかっているのに。
「あら、あなたって確か新聞部の子よね」
そのときだった。圭介たちの横をある女生徒が通り越していくところを、奈々未が声をかけた。
「はい」
振り返ったのは、伊織だった。無表情で二人のことを見る。
「この子、一人で食べるのが寂しいって言っているから、一緒に食べてくれないかしら。私、他の子と食べる予定だから」
寂しいなんて一言も言っていない。圭介は抗議の眼差しを向けたが、奈々未は無視をした。
「ね、お願い」
「はあ。わかりました」
気のない返事に、圭介は頭を掻いた。
「よかったわね。一緒に食べてくれるって」
「相楽さん。本当にいいの? 嫌なら断ってくれてもいいんだよ」
「別に。構わないわよ」
髪をさっと掻き分けながら、伊織は感情のこもっていない声を出した。
「ほら。彼女もそう言ってるでしょ。今のうちに女の子と食事をして、免疫を立てておかなきゃ」
暗に童貞なことをバカにしているのかと、圭介はムッとしたが、いつまでも奈々未と付き合ってはいられなかった。
「わかりました。一旦教室に戻って、昼食を取りに行ってきます」
「私は持っているから、ここで待っているね」
見れば、伊織は小さな手提げ袋を持っていた。
「食べるのはご飯だけかしらね」
クククと下衆な笑い声を上げながら去っていく奈々未。その背中を見ながら、圭介は溜め息をついた。