07
圭介は自分の耳を疑った。今、裸になってくれと言っていなかったか。
困惑の表情を浮かべる圭介に、七瀬は恥ずかしそうに顔を俯かせながら、小さな声でもう一度言った。
「裸になってくれへん? お願い」
「ど、どうして裸なんですか。服を着ていちゃまずいんですか」
圭介に言われ、ますます七瀬の眉宇は下がった。
「うーん。なんか服を着たままやと、理想通りいかへんっていうか。あれなんよ」
「あれとは?」
「もう。上手く言葉にできへん。ねえ、お願い」
スケッチブックを挟むような形で、手を合わせ懇願する七瀬の目はいつ涙を流してもおかしくないほどに濡れていた。
――まただ。圭介の胸の中で、新聞部に懇願されたあの日がフラッシュバックする。あの日もこんな雨に濡れた子犬のような目で見つめられ、良心がそっくりそのまま持っていかれてしまった。
「……でも」
ただでさえ、自分にモデルなんて務まるのか不安だったのに、まさか裸になれとは。良心との呵責に圭介は頭を抱えた。
「……じゃあ、こうしない? 北野君だけやったら不公平やから、ななも脱ぐのは」
「へ? 部長も脱ぐんですか」
まさかの言葉に、圭介は素っ頓狂な声を上げた。
「でなきゃ、不公平やし。ねえ、それでええ?」
胸元のスカーフがシュルリと音を立てて外された。七瀬の背後にある窓の色はそろそろ変わり始めている。
「ほ、本気ですか」
口内にある唾液が一気に減っていくのがわかった。緊張で、胸がドキドキし始めた。
「……本気」
七瀬はスケッチブックを置くと、立ち上がってカーテンを閉めた。
隙間なく閉め終わると、今度は部室の扉を内側から施錠した。
「じゃあ、脱ぐけど、あんまり見ないでね。自信のない身体やから」
先ほどの場所へ戻ると、七瀬はブレザーを脱ぎ、Yシャツのボタンに手をかけた。
「ほら、北野君も」
その光景に見とれていると、七瀬は恥ずかしそうに背中を向けてしまった。
「あの……本当に……」
「だから本当やって。ねえ、これ以上ななに恥ずかしい思いをさせる気?」
Yシャツがハラリと脱がされると、ピンク色のブラジャーが見えた。背中越しから見ているだけなのに、圭介は心臓が飛び出てしまいそうなほどの興奮を覚えた。
どうやら、七瀬は本気のようだ。これはもしかすると――。
「わかりました。でも、どうなっても知りませんからね」
童貞卒業のチャンスが巡ってきたのかもしれない。三度目の正直だ。覚悟を決めると、邪な考えが手を動かす。
「変な気は起こさないで。これはあくまでも芸術やから」
今度はスカートが床へ落ちる。下着が見えたと思ったら、ハーフパンツだった。
「芸術……」
「そう。これは芸術のため。ダビデ像ってあるやん? あれみたいなものだと考えて」
ダビデ像を想像する。が、圭介の身体はあんなにも美しくはない。
運動部に入っておけばよかったと後悔した。太ってもいないが、割れていない腹回りのどこに芸術があるのだというのか。そう思いながら、圭介は制服を脱いでいく。