第五章「ハンカチ」
06
 放課後、新聞部の部室に出向くと、ガランとした室内だった。どうやらまだ七瀬は来ていないようだ。伊織は昨日来たから、今日は欠席だろうか。
 そう考えた瞬間、圭介はハッとした。そうだ。ハンカチを忘れていた。ポケットから洗濯したばかりのハンカチを取り出すと、部室の扉が開いた。

「ああ、北野君。お疲れ様」

 七瀬だった。鞄を肩に掛け、持ち手の部分を両手で持ちながら入ってきた。

「お疲れ様です。そうだ、部長。これ誰のかわかります?」

 圭介はハンカチを見せた。

「ああ、私のやわ。どこで拾ったん?」

「部室です。昨日帰ろうとしたら、椅子の近くに落ちていました」

 その場所を指を向けながら圭介は説明した。

「忘れてたわ。ありがとう。ところで、昨日途中でどこへ行ってたん?」

 そうだ。それも話しておかなくては。
 圭介は昨日みなみの手伝いをして怪我をしてしまったことを話した。無論、麻衣との一件は話さなかった。

「へえ。そうだったの。怪我はどう?」

「もう痛みはありません」

 麻衣の言った通りだった。痛めた患部は、きれいに痛みが取れていた。圭介は足をドンドンと床に着けたが、まるで痛みは感じなかった。

「そう。よかったわね」

「途中で黙って抜け出してすみませんでした」

「ええよ。伊織ちゃんが残りをやってくれたし」

 伊織が? そんなこともあるのかと、圭介は目を丸くした。

「へえ。相楽さんが、ねえ。変わったこともあるものですね」

 久しぶりに新聞部に顔を出し、あれから記事を編集してくれたということに、圭介は感心を覚えるしかなかった。普段勉強しない人間がまともに勉強をしているものかと思うと、七瀬は思い出したように手をパンと叩いた。

「せや。今日はどこか取材へ行くところとかある?」

「いや、ないですね」

 今日は昨日の残りをやってしまおうと思っていた。

「じゃあ、前に言ったモデルになってくれへん」

「いいですけど、ここでですか」

「せやね。軽く片せば大丈夫やと思う」

 どうせその片す役割は自分だろうと思った圭介の予想はズバリ当たった。工事現場の監督のように七瀬の指示に従い、机の位置を移動すると、ようやくモデルが始まった。
 椅子に座り、足を組む。目線は遠くを見つめるようにと言われ、圭介は機械のように身体を動かしていく。が、写真のモデルとは違い、絵のモデルである。ずっとその体勢をキープしているのは辛く感じた。

 ふと視線を下げると、スケッチブック越しから七瀬の真剣な表情が見えた。いつだって絵を描いているときは真剣だが、今日はいつにも増して真剣な表情に見えた。
 一瞬、目が合い、圭介は慌てて視線を戻した。そうすると、ふーっと息を吐く音が聞こえた。

「……ちゃうわ。こんなんじゃない」

 深く沈んだ声に、圭介は視線をまた下げた。

「どうかしました?」

「理想通りじゃないっていうか、なんかちゃうねんな」

 言うと、七瀬は描いていた紙をビリっと破いた。

「ねえ、裸になってくれるかしら」

( 2017/06/16(金) 23:19 )