第五章「ハンカチ」
02
 帰宅すると、タイミングがよく、夕食の時間になった。制服姿のまま夕食を食べると、圭介はさっさと自室へと戻った。
 とりあえず宿題をしようとノートにペンを走らせていると、ふいにノックの音が聞こえた。

「なんだ、日奈子か」

 誰かと思うと、扉の向こうにいたのは日奈子だった。

「お母さんが洗濯物があったら出しなさいって」

「今から洗濯するのかよ」

「分からないよ。日奈子はそう言われただけだし。早くしてよね」

 そういえば、夕食の最中、明日の天気がどうだらこうたらで、洗濯物のことを言っていたような気がする。圭介はペンを置くと、制服を脱ぎ始めた。

「ん? どうした?」

 上着を脱ぐと、日奈子がずっと立っているのが気になった。

「洗濯物、持って行くわよ」

「え? どうしてまた。言っておくけど、俺はお前に渡せるお小遣いなんてないぞ」

「もうー。違うよ。日奈子、これからお風呂に入るから、持って行かないと覗かれちゃうじゃん」

 そういうことか。北野家では、脱衣所に洗濯機がある。謎が解けた圭介は、溜め息をついた。

「誰も覗かないって。誰がお前の裸なんて見たいんだ」

「裸だけじゃなくて、日奈子の下着でも見る気でしょ。そうはさせないんだから」

「被害妄想もほどほどにしておけよ」

「うるさーい。とにかく、早く着替えてよ。お風呂に入りたいんだから」

 うるさいのはどちらだ。そう思った圭介だが、またそれを言えば喧嘩になるだろう。この女は無駄に気が強い。圭介は諦めて制服を脱いでいく。

「お前、そう言いながら俺のパンツを覗いているんだな」

 トランクスと靴下だけの姿になった。

「うっさい。そんなおじさん臭いパンツを穿いてるなんてサイテー」

 下着に最低も最高もあるのか。圭介が靴下を脱ぐと、日奈子は「あっ」と声を上げた。

「ポケットの中とか何も入っていないわよね」

「入ってない」

 言いながらポケットを漁ると、先ほど部室で拾ったハンカチが出て来た。

「入ってるじゃん。あれ? そんなハンカチ持ってたっけ?」

「さっき部室で拾ったんだよ。たぶん忘れ物」

「置き引き?」

「ハンカチを置き引きしてどうするんだ。明日持って行って、本人に渡すよ」

 ハンカチを持っていると、さっと布は手の中から消えた。

「渡す人、分かってるの?」

「たぶん」

 確率的に二人に一人だ。どちらかに聞けば分かるだろう。

「じゃあ洗濯して持って行きなよ。ほら、においとか移っているかもしれないし。女の子でしょ、落とした子って? 臭いにおいが付いてたら可哀想だし」

「ポケットに入れていただけでそんなにおいが移るかよ。それに俺は臭くない」

 日奈子からハンカチを奪い返そうとした圭介の手は空を切った。

「とにかく、洗濯する。明日の登校までには乾いていると思うから」

( 2017/06/16(金) 23:17 )