第二十二章「都市伝説」
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「ちょっとトイレに」と言って七瀬は席を立った。彼女の姿が完全に見えなくなると、太ももが撫でられた。隣を見ると、伊織と目が合った。彼女には珍しく、悪戯っ子のような目つきをしていた。

「二人っきりだね」

 まるで恋人同士の会話のようだった。周囲には内緒で付き合っているような。

「すぐに部長は戻ってくるよ」

「でも珍しいよね。部長が私たちを食事に誘うなんて」

「そうだよね。そろそろ引退だからじゃない?」

 どこかのテーブルからお好み焼きが焼ける音とにおいがした。

「引退か。そしたら私たち二人っきりの部活になっちゃうね」

 そうだった。七瀬がいなくなれば、必然的に伊織と二人きりになってしまう。けれども、そうなると廃部の可能性があった。

「そうしたら毎日襲われちゃうのかな」

 誰だということはわかっていたが、念のため圭介は質問をした。

「誰に?」

「もちろん……あなたに」

 太ももを撫でていた手が股間に触れた。どうせ振り払っても無駄だろうし、七瀬が帰ってくれば止めるだろう。

「襲わないよ」

「嘘。“あのこと”を脅されて毎日脅されちゃうんだ。『今日はノーパンでバイブを差しながら授業を受けろ』とか、『裸で校舎を歩き回れ』とか、危ないことをさせようと思ってるんだ」

「俺はそんな真似をさせないし、変態じゃない」

 さわさわと股間を撫でられていると、血液が集まり始めていた。

「ご主人様がこの場でフェラしろって言ったらしますよ」

 耳元でふうっと息を吹きかけられると、産毛が逆立った。

「言わないよ、絶対」

「残念」

 七瀬の姿が見えた。股間への刺激がなくなった。

「二人はトイレ行かなくて平気? 歯に鰹節が付いてるかも」

「あっ、私確認してきます」

 いそいそと席を立つ伊織。圭介も立とうとすると、七瀬が手のひらを見せてストップをかけた。

「北野君は付いてへんで。たぶんやけど」

「たぶんって何ですか。確認してきますよ」

「ダメや。せめて伊織ちゃんが帰って来てからにして」

 一人では寂しいということか。浮かしかけていた腰を下ろした。

「でも、そろそろ引退なんやね」

 烏龍茶を飲みながら七瀬はしみじみと言った。

「寂しいんですか」

 圭介の言葉にかぶりを振った。

「寂しいっていうか、心配なんよね。もしかしたら廃部になるかもしれへんし」

 やっぱり。二人ではさすがにそうなってしまうか。

「二人じゃ厳しいですよね。いくら掛け持ちをしていないからって」

「せやね。あーあ。誰か掛け持ちしてくれへんかな。この時期じゃ難しいだろうけど」

 絵梨花の顔とみなみの顔が思い浮かんだ。けれども、二人とも難しいような気がした。

( 2017/07/01(土) 00:39 )