08
学校帰りの学生たちで賑わいを見せるファミリーレストランの中にあって、圭介たちが座るテーブルには重苦しい雰囲気が漂っていた。ただ一人を除いて。
「何食べようかしら。お腹空いたわね。私のおごりだから好きな物頼んでもいいわよ」
メニュー票を見ながら橋本奈々未は機嫌がよさそうに言った。今から鼻歌でも歌いだしそうなほどだ。
「うーん。これにしようかな。二人は?」
「僕はコーヒーで構いません」
「料理は?」
「お腹がいっぱいなので」
空腹感なんてあるわけがなかった。むしろ吐き気しかなかった。せっかく絵梨花との放課後デートのはずなのに、とんだ厄介者が紛れ込んだものだ。
「ふうん。男の子なのに少食なのね。生田さんは?」
「私はこれとこれがいいですね」
「あっ、それ私も気になってた」
「あとで一緒に食べましょうよ。でも、これも気になるんですよね」
「両方頼んじゃおう」
「えー。太っちゃいますよ」
「平気よ。店員さん呼ぶね」
二人の会話だけを切り取れば、なんて平和な光景なのだろう。放課後、先輩と後輩が小腹を満たすためにやってきた。二人は運ばれてきた料理を食べながら恋愛話をする。青春ドラマのような一コマだ。
しかし、そんな悠長な現場ではない。爽やかの欠片も無い殺伐とした光景のはずなのに、二人はそれを楽しんでいるかのようだ。
「ミルクと砂糖はいらないの?」
飲み物が運ばれてきた。圭介はコーヒーで、奈々未と絵梨花は紅茶だった。絵梨花がシュガースティックを片手に訊いてきた。
「ああ、いらないよ」
「ふう。かっこいい」
奈々未が茶々を入れてきたが、圭介は苦笑いを浮かべてカップに口を付けた。
「橋本先輩は?」
「奈々未でいいわよ。私もこのままでいいわ」
「えー。みんな入れないの。どうしよう。料理も頼んじゃったし、太っちゃうよ」
「生田さんはまだまだ平気じゃない」
「そんなことないですよぉ。あと、私も絵梨花でいいですから」
コーヒーの味を感じないのは、単純に熱いせいか、この状況下のせいだからだろうか。
嵐の前のようだった。いつ雷鳴が轟き、大粒の雨が降ってくることか。しかるべきそのときは、不気味な足音を立ててすぐそこまで迫っている。
「あっ、料理が来たよ」
「美味しそう」
運ばれてきたデザートが並ぶ。二人と違って、圭介にはまったくといっていいほど美味そうに見えなかった。
「あの店員さん可愛かったよね」
「そうですよね。いくつぐらいだろ」
「たぶん私たちより年上、大学生ぐらいじゃないかしら」
「圭介君はどう思った? 可愛いって思ったでしょ」
いきなり話を振られ、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
「顔なんて見てないよ」
「そうかしら」と奈々未。
「絶対嘘。女たらしの圭介君が見てないはずがない」と絵梨花まで疑っている様子だった。
「見てないって」
ずっと圭介の視線はコーヒーカップに集中していた。怖くて、目線を上げる勇気なんてどこにもなかった。