第二十一章「運命」
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 学校帰りの学生たちで賑わいを見せるファミリーレストランの中にあって、圭介たちが座るテーブルには重苦しい雰囲気が漂っていた。ただ一人を除いて。

「何食べようかしら。お腹空いたわね。私のおごりだから好きな物頼んでもいいわよ」

 メニュー票を見ながら橋本奈々未は機嫌がよさそうに言った。今から鼻歌でも歌いだしそうなほどだ。

「うーん。これにしようかな。二人は?」

「僕はコーヒーで構いません」

「料理は?」

「お腹がいっぱいなので」

 空腹感なんてあるわけがなかった。むしろ吐き気しかなかった。せっかく絵梨花との放課後デートのはずなのに、とんだ厄介者が紛れ込んだものだ。

「ふうん。男の子なのに少食なのね。生田さんは?」

「私はこれとこれがいいですね」

「あっ、それ私も気になってた」

「あとで一緒に食べましょうよ。でも、これも気になるんですよね」

「両方頼んじゃおう」

「えー。太っちゃいますよ」

「平気よ。店員さん呼ぶね」

 二人の会話だけを切り取れば、なんて平和な光景なのだろう。放課後、先輩と後輩が小腹を満たすためにやってきた。二人は運ばれてきた料理を食べながら恋愛話をする。青春ドラマのような一コマだ。
 しかし、そんな悠長な現場ではない。爽やかの欠片も無い殺伐とした光景のはずなのに、二人はそれを楽しんでいるかのようだ。

「ミルクと砂糖はいらないの?」

 飲み物が運ばれてきた。圭介はコーヒーで、奈々未と絵梨花は紅茶だった。絵梨花がシュガースティックを片手に訊いてきた。

「ああ、いらないよ」

「ふう。かっこいい」

 奈々未が茶々を入れてきたが、圭介は苦笑いを浮かべてカップに口を付けた。

「橋本先輩は?」

「奈々未でいいわよ。私もこのままでいいわ」

「えー。みんな入れないの。どうしよう。料理も頼んじゃったし、太っちゃうよ」

「生田さんはまだまだ平気じゃない」

「そんなことないですよぉ。あと、私も絵梨花でいいですから」

 コーヒーの味を感じないのは、単純に熱いせいか、この状況下のせいだからだろうか。
 嵐の前のようだった。いつ雷鳴が轟き、大粒の雨が降ってくることか。しかるべきそのときは、不気味な足音を立ててすぐそこまで迫っている。

「あっ、料理が来たよ」

「美味しそう」

 運ばれてきたデザートが並ぶ。二人と違って、圭介にはまったくといっていいほど美味そうに見えなかった。

「あの店員さん可愛かったよね」

「そうですよね。いくつぐらいだろ」

「たぶん私たちより年上、大学生ぐらいじゃないかしら」

「圭介君はどう思った? 可愛いって思ったでしょ」

 いきなり話を振られ、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。

「顔なんて見てないよ」

「そうかしら」と奈々未。

「絶対嘘。女たらしの圭介君が見てないはずがない」と絵梨花まで疑っている様子だった。

「見てないって」

 ずっと圭介の視線はコーヒーカップに集中していた。怖くて、目線を上げる勇気なんてどこにもなかった。

( 2017/07/01(土) 00:28 )