第二十一章「運命」
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 絵梨花から呼び出しを受けたのは、放課後だった。HRを終え、荷物をまとめているときに携帯電話が鳴った。見ると、音楽室に来て欲しいとのことだった。
 音楽室? 部活はやらないのか。疑問に思いながらも圭介は音楽室へ向かうことにした。

「これから部室行くん?」

 階段の踊り場で七瀬と出くわした。

「いや、すみません。用事があって休ませてください」

「最近欠席多いな」

 どことなく七瀬が寂しそうに見えるのは、働く部員が不真面目になってしまったからか。

「すみません。次からちゃんと出ますので」

 そう言って頭を軽く下げ、七瀬の横を通り過ぎようとしたときだ。袖口を掴まれた。

「このままじゃ新聞部潰れてまうよ。北野君がしっかりせえへんと」

 それを一部員に求めるのか。圭介は喉元まで出かかったが、七瀬の潤んだ瞳に気圧された。

「……ごめん。ちょっと北野君が最近けえへんから、ナーバスになってたわ。予定、あるんやろ? 行ってもええで」

 引っ張られていた袖口が離された。

「すんません」

 圭介はそう言うのが精一杯だった。最近は部活をないがしろにして女生徒たちに現を抜かしているのは事実だった。

「最近は伊織ちゃんが記事を書いてくれるようになったわ」

 通り過ぎようとすると、そんな声が聞こえてきた。圭介は一瞬ハッと七瀬の顔を見るが、七瀬は寂しそうに笑うだけだった。

 新聞部も大事ではあるが、絵梨花との約束の方が大事だった。後ろ髪を引かれる思いだったが、圭介は音楽室の前にいた。
 扉の向こうからは何の音もしなかった。もしかしたら部活はやらないのかもしれない。圭介は扉をノックし、「失礼します」と言って入った。

「あっ圭介君。来てくれたんだ」

 ピアノの前に座っていた絵梨花の顔が見えた。

「そりゃあもちろん」

 絵梨花に近付く。恋人に会った瞬間、心がふわりと軽くなるのを感じた。

「てっきり来てくれないかと思ったよ」

「まさか。そんなはずがないって」

「ううん。他の女の子に現を抜かしているんじゃないかって。例えば、橋本先輩とか」

 風船のように軽くなった心が、プツンと針のようなもので刺されて萎んだ。床に無造作に投げ落ちたようだ。

「え? 橋本先輩……」

 奈々未の顔が思い浮かんだ。飄々とした雰囲気の中で、自分さえ楽しめれば人を貶めるのを苦にもしないような人だ。圭介の背中と掌にじわーっと嫌な汗が浮かんだ。

「橋本先輩って綺麗だよね。スタイルもいいし。私とは雲泥の差だよね」

 こんなときに悲しい顔をしてくれればわかりやすくていいのに、絵梨花の顔はどこか他人事というか、楽しげに笑っているようだった。まるでテレビタレントを褒めるかのようだ。

「いや。そんなことは……どうしたの。そんな急に」

 何か二人の間であったな。自分を奴隷のようにしたと思えば、飽き足らず絵梨花に吹聴をしたようだ。

( 2017/07/01(土) 00:25 )