03
グランドでは運動部の活気のいい掛け声が響いていた。トラックでは陸上部が走っており、あの集団の中に未央奈がいるのだろうと圭介は眺めると、ふとあることに気が付いた。
「そういえば、俺は自転車だけど相楽さんは?」
「私も自転車です。だから帰り道から多少離れても平気ですよ」
甘えた声でそう言われ、圭介は毒気を抜かれるようだった。その足で駐輪場へ向かった。
「どこへ行こうか」
校門を出ると、目的地を決めていなかったために右へ曲がろうか左へ曲がろうか悩んだ。まさか制服姿のままホテルへ行くわけにはいかない。
「私、心当たりがある場所があるんですよ」
「心当たりのある場所?」
「ここから十分ぐらいの距離です。着いてきてください」
言うや伊織は圭介の横を通り過ぎた。不安を抱えたまま、圭介はそのあとを追った。
前を走る伊織の長い黒髪を目印に圭介は自転車を漕ぐ。初めて通る道だった。先を走る伊織は軽快に先を進んで行く。
やがて前方右手に建物が見えた。壊れた看板がブランと首をもたげている。圭介は嫌な予感がした。まさか伊織が心当たりのある場所だというのは、ここではないだろうか。
圭介の予感は当たった。先を走る伊織は減速し、右へ折れた。敷地内に入って行く伊織に、圭介は舌打ちをした。
「ここです」
圭介が敷地内に入ると、伊織はすでに自転車から降りていた。
「ここって、廃墟だよね。どう見ても」
個人の家ではなく、会社のようだったがそれが元は何の会社だったか圭介にはわかりかねた。壊れた看板から文字を読み取ることはできなかった。
「そうですね。でも比較的新しいみたいですよ」
新しいとはいえど、廃墟に変わりは無いのだ。圭介は苦い顔で建物を見た。窓ガラスが割れており、中は真っ暗だった。
「どこでこんな場所を知ったの?」
「私の帰り道なんですよ。前々から気になっていたんです。で、もしかしたら『使えるんじゃないか』って」
使えるという言葉が暗にセックスを意味していることはすぐにわかった。まさかここでしようとしているのか。
「でも幽霊とかいるかもしれないし。ほら、ゴキブリも出そうじゃん」
「ご主人様は怖がりなんですか? 私ゴキブリ平気ですし」
情けない男といわんばかりに、伊織は鼻を鳴らすとさっさと建物の中へと入って行った。圭介は周囲を見渡すが、人の気配は無かった。
どうしたものだろうか。廃墟を前に圭介は入るかどうか悩んだ。幽霊が怖いわけでも、ゴキブリが怖いわけでもない。ただ、この先に待ち構えていることが怖かった。
「早く入ってきてくださいよ。まさかここまできて怖気づいたわけじゃないですよね? 私をこんな風にした責任を取ってください」
中から聞こえてくる声に圭介は耳を塞ぎたかった。これも罰なのか。そうであるならば、償わなければ。
息を一つ吐くと、圭介は建物の中へと入った。