第二十章「青いケーブル」
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 保健室を出た圭介は部活に出ようかと思ったが七瀬に欠席の連絡をしてしまったから、もしかしたら美術部に顔を出しているかもしれないと考え、結局帰ることにした。カバンは教室にある。
 教室まで戻ると、自分の席にあるカバンを手に持った。すると、誰かの視線を感じた。振り返ると、扉のところに見知った顔を見つけた。

「相楽さん。どうしたの?」

 伊織だった。リードに繋がれた犬が飼い主を見つめるような眼差しを向けていた。

「ご主人様が最近相手にしてくれなくて……」

 オズオズと教室に入ってきた伊織は、人の目があるかもしれないという危機感が欠如しているかのように抱きついてきた。髪の毛からフワリといいにおいがした。

「ちょっと。まずいって。こんな場所で」

「我慢できないんです。ねぇ、いいでしょ」

 潤んだ瞳に見つめられたかと思えば、唇に柔らかい感触が走った。

「相楽さん。落ち着いて」

 無理やり密着を解くと、伊織は抗議するような目で見つめ返してた。

「我慢できないんです。ずっと家とか学校のトイレで処理しているけど、もう我慢の限界で……。お願いします。フェラでもなんでもしますから挿れて」

 圭介の股間に手を添えて、ファスナーを下ろそうとする伊織の手を掴んだ。

「ここじゃダメだって。いつ誰が来るかわからないし」

 がらんどになった教室とはいえ、誰がいつ入ってくるかわからなかった。

「わかってますけどぉ。私ももう我慢の限界なんです。ご主人様のが欲しくて……」

 圭介に手を握られたまま伊織は俯いた。
 困ったものだ。こんなところで発情するなんて。聞いたことがある。生理が近いとき、女は発情しやすくなると。

「とにかく。ここじゃダメだ。出よう」

「出たら挿れてくれます?」

「わかったから」

 今はこんなところ誰かに見られるわけにはいかなかった。このあとのことは、あとで考えよう。

「じゃあ出ます」

 素直に従ってくれるようで、圭介は手を離した。しかしそれは問題が解決したのではなく、後回しにしたに過ぎない。伊織の気持ちは晴れたのかもしれないが、圭介の気持ちは重たかった。

「早く出ましょうよ」

 これだけを切り取ってみれば、彼氏を迎えに来てくれた彼女に見える。けれども、悲しいかな。自分たち二人の関係はそんな爽やかなものではなかった。
 これも自分で蒔いた種なのだ――圭介は、どこで伊織の色情を満たそうかと考えを巡らせながら教室を出た。

( 2017/06/26(月) 22:07 )