09
「どうした。食欲がずいぶんと無さそうじゃないか」
昼食の最中、和也は圭介の食欲が無いことに気が付いた。もっといえば、先ほどからずっと心ここに非ずといった感じだ。
「ん? ああ。何だか腹が空かなくて」
「また悩み事か。お前ってのは悩み事の尽きない男だな」
誰のせいでこんな悩みを抱えることになってしまったのか。圭介は能天気な和也を恨んだが、結局は自業自得である。彼の彼女にさえ手を出さなければ、こんなことになるはずがなかったのに。
「なあ、星野さんのことだけど」
「みなみ? みなみがどうした。もしかして、“したく”なったのか。けど、そのときは交換だからな」
ドキリとした。和也は知らないのだ。みなみとはもう“してしまった”のを。
そう考えると、彼に同情するしかなかった。もし逆の立場なら、事実を知った瞬間発狂するだろう。いくらそのあとに相手を差し出されたとしても、受け入れることなんてできやしないし、ましてこれまで通りの関係になんてなれるはずもなかった。
「いや、何でもない。忘れてくれ」
「何だよ。気になるじゃないか。生田嬢からみなみに乗り換えたくなったとか」
「違うよ。忘れてくれって」
和也は唇を突き出しながら抗議の眼差しを向けたが、圭介は徹底して目を合わせなかった。おかげで和也はわざとらしく溜め息をつきながら諦めてくれた。
「しかし何だ。みなみと別れるかもしれない」
突然の言葉に、圭介は目を丸くした。別れる? 自分のせいだろうか。
「どうしてまた? あんなに仲良かったのに」
「うーん。最近そうでもないんだよなぁ。みなみも嫉妬心が強くてな。浮気の一つや二つ、笑って許してくれる度量の強い女と付き合いたいものだ」
そう考えると、奈々未に一番合っているのは実は和也ではないだろうか。奈々未ならば、和也のいう度量の強い女であると思えてならなかった。
「それはさすがにどうだろう。いるのかな。そんな女性」
「いるだろ。全く。浮気ぐらいいいじゃないか。結婚しているならともかく、付き合っているだけじゃ浮気したっても目の色を変えて怒ることもないだろ。な、そう思うだろ? お前だっていくら生田嬢と付き合っていても、他の女に目移りすることぐらいあるだろ?」
以前の圭介だったら、そんなことはないと言い切っていた。浮気なんて最低の男がすることだ。呆れながらそう言ったはずである。
しかし、今の圭介にはそれを否定できる立場ではなかった。和也の言葉たちが突き刺さっていく。
「まあ、そうだよな……」
喉から搾り出すような声だった。