第二章「クイーン」
01
 今朝嗅いだ七瀬のにおい。どことなく優しくて、気分が落ち着くようなあのにおいが授業中ふと鼻腔の中で蘇る。鼻腔に刻まれたにおい。授業中だというのに、圭介は何度も勃起しては集中しろと言い聞かせて鎮めようとした。
 どうして女性というのはあんなにもいい匂いなのだろう。化粧品や香水もあるだろうが、その奥にあるメスのにおい――まだ一度たりとも嗅いだことのない未知の香りには男が反応するいわゆるフェロモンがあるのだろうか。

 何度も勃起しては鎮静化させるを繰り返して一日の授業は終わった。部室へと向かう道すがら、和也と遭遇した。

「おう、いいところにいた。ちょうどお前を呼びに行こうと思っていたところだ」

「何だよ」

 放課後の廊下は部活動に向かう生徒たちで賑わいを見せていた。和也が顔を近づける。

「お前にいいものを見せてやるって言ったよな」

「ああ。言ったな。で、持ってきたのか」

 和也の手には何もなかった。ここで渡すのはまずいから、別のところで渡そうというのか。

「AVじゃねえっての。もっといいものさ」

「じゃあ早く見せろよ」

「そう急かすな。あと二十分したらテニス部の部室へ来い」

 部室と聞いた圭介の眉がピクリと上がった。

「部室? 男は出入り禁止だろ」

 そう言われていないが、言わずもがな当たり前のことだろう。テニス部は他部と比べ、圭介に好意的な部ではあるが、部室なんてこれまで一度たりとも入ったことがない。

「俺が話を通してある。っていっても、みなみだがな」

 そういえば、星野みなみはテニス部に所属していた。

「お前の意図が読めない」

「まあまあ。いいじゃないか。見てのお楽しみだ。じゃあ、二十分後にな。今行ったら着替えの最中だろうから、ボコボコにされるぞ」

「分かってるよ。二十分後な」

 彼がどういう意図なのか分からないが、圭介は従うことにした。これまで一度も入ったことのないテニス部の部室に入れるチャンスなのだ。
 もしかしたら、覗き穴でも教えてくれるのかもしれない。テニス部に可愛い子はいたか。圭介の頭の中は早くもそんな考えで一杯になった。

 ――二十分後か。
 七瀬にはテニス部へ取材に行くと言えばいいだろう。七瀬の天敵は料理部だけで、後は概ね人間関係は良好だった。

 新聞部の部室へ入ろうとした瞬間、ふいにまた七瀬のにおいが蘇った。彼女はもう部室へ来ているだろうか。高鳴る心臓を押さえつつ、圭介は部室の扉を開けた。

( 2016/07/18(月) 15:19 )