第十七章「桃尻」
05
「好きです。絵梨花さんのことが」

 いきなり押し倒したから、絵梨花の目は怯えを見せていた。けれども、圭介の言葉に怯えを見せていた目は、柔和な目に変わった。
 こんなにも目だけで変わるものか――そう思いながら圭介は絵梨花にさらに顔を近づけた。

「私も好き。圭介君のことが」

 彼女の唇が動くと、吐息がぶつかった。先ほど飲んだジュースの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
 我慢なんて出来るはずがなかった。圭介の意図を汲んだのか、絵梨花は目を閉じた。それは許可を下ろした瞬間でもあった。

 柔らかな感触がした。触れ合った瞬間、圭介は身体に電流が走ったような衝撃を覚えた。好きな人とのキスがこんなにも衝撃的で、それでいて気持ちのいいものだなんて……。
 離しかけた唇を再び押し付けると、胸の辺りをドンドン叩かれ、圭介はハッとした。つい暴走しかけてしまった。慌てて顔を離すと、閉じていた絵梨花の目が開いた。

「ごめん」

「違うの。重たくて苦しかったの」

 どうやら拒絶されたわけではなかったようだ。圭介は安堵の溜め息を漏らした。

「よかった。嫌われたのかと思った」

「違うって。圭介君って意外と、でもないけど心配性なんだね」

 クスクスと笑う絵梨花のおかげで、雰囲気は一気に軽くなった。

「しょうがないさ。初めての彼女で、どうしたらいいのか全然わからないんだ」

 セックスは済ませているとはいえ、恋人は初めてだった。ましてや以前強姦まがいのことをしてしまった相手でもある。腫れ物を扱うような扱いになってしまうのは自業自得とはいえ、当然のことだった。

「それは私も一緒」

 乱れた服を直す絵梨花に、圭介はちょっかいを出した。肩口にかけられたワンピースの紐を外した。

「ちょっと」

「もう一回しよ」

「何を?」

 表情を見れば、何をしたがっているのかわかっているようだった。

「わかってるくせに」

 再び圭介が押し倒そうとすると、逆に絵梨花の手が圭介を押し倒した。

「今度は私から」

 絵梨花の顔が近付いてくる。ガラスのような瞳には自分が映っていた。

「もう。するときは目を閉じて」

 視界が柔らかい手で塞がれた。どうして女性というのはこんなにも柔らかい生き物なのだろう。胸や尻はわかる。しかし手なんてさして男と変わらないのではないか。
 圭介がそう思っていると、唇に温かくて湿った感触が伝わった。が、すぐに離されてしまった。

「短い」

 視界はまだ遮られたままだが、圭介は手を伸ばし離れかける絵梨花の後頭部を押さえつけ、再び自分の方へ近づけた。

( 2017/06/26(月) 21:47 )