第十七章「桃尻」
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 圭介にとっては退屈なものだった。一度観てしまったのもあるが、いかんせんホラー映画で肝心な恐怖を感じるシーンが少ないのだ。淡々と流れ続けるシーンはもはや学校の授業のようで、圭介は眠気をこらえる方ばかりに意識がいった。

「こ、怖いね……」

 横から絵梨花の声が聞こえたのはわかるのだが、何を言っているのかわからなかった。外国語のように聞こえ、圭介は目をしばしばさせながら反応した。

「え? 何か言った?」

「怖いの……圭介君は平気?」

 今度はハッキリと聞こえた。が、平気どころではない。退屈で仕方ないのだ。こんな物でも助かったと思ったが、いかんせん程度が知れていた。

「平気かな。そんな怖くないよ。この作品は」

「そうなんだ。やっぱり男の子だね。何だか安心しちゃった。ほら、ホラー映画で怖がる男の子って、なんだか弱そうっていうか。護ってくれなそうなんだよね」

 圭介としてもさほどホラー映画に耐性があるわけではない。しかし自分の肩に頭をもたれかけてくる絵梨花に、眠気が完全に吹き飛んだ。

「え、絵梨花さん?」

「ダメかな。ずっとね、笑うかもしれないけど、彼氏が出来たらこうしたかったんだ」

 画面では遺体となった男が雨に打たれていた。シチュエーションの中では恋愛映画を観て、自分たちも甘い雰囲気になれたらいいなと想像していた。
 まさかそれがホラー映画で実現するとは。圭介は急に喉の渇きを覚え、買ってきたジュースをゴクリと飲んだ。

「美味しい? それ」

「え? ああ、まあまあ」

 緊張で味なんてよくわからなくなっていた。

「ちょっとちょうだい」

 絵梨花の細くて白い手が伸びてきて、圭介の手からジュースを奪った。
 肩が軽くなる。絵梨花が今自分が飲んだ物を口に運んだ。間接キスだ――。

「ふうん。ねえ、圭介君ってこういう飲み物が好きなの?」

 白い喉がコクリと動いた。目と目が合う。

「……う、うん」

 圭介はその目から離れられなくなった。一点の濁りもない透き通ったまさにガラスのような目。視線を奪われるとは、まさにこのことだと圭介が思った瞬間、ガラスのような目が逸れてしまった。

「そうなんだ。じゃあ今度から私もこういうの飲むね」

 絵梨花の言っていることがわからず、圭介は首を傾げた。

「彼氏が出来たらさ、味の好みも一緒になりたいんだ。もちろん全部は無理かもしれないけど、出来る範囲で」

 絵梨花は恥ずかしそうに言った。

「絵梨花さん……」

 それが堪らず愛おしかった。こんな気持ちは初めてだった。
 愛おしい――言葉では聞いたことがある。けれども、それを実際に思ったのは初めてのことだった。圭介の身体は自然と動き、絵梨花を柔らかく押し倒した。

( 2017/06/26(月) 21:47 )