第十六章「オモチャ」
13
 反応し始めたペニスを隠すように圭介はさっさと湯船に浸かった。北野家の浴槽は決して大きいとはいえず、足を伸ばすには湯船から出さなければならない。

「あたしも入るね」

 嫌な予感はずっとしていたが、やはり日奈子も一緒に入るようだ。小柄な日奈子だが、それでも二人で浴槽に浸かるには狭すぎるのは明らかだった。
 てっきり対面して入るのかと思っていたのに、日奈子は圭介に尻を向けてきた。丸い尻を見せ付けるようにしている気がして、圭介は顔を背けた。
 ザブザブと音を立てて湯が浴槽から流れ出ていく。

「狭いね」

 結局日奈子が収まったのは、圭介のすぐ目の前だった。二人乗りのカヌーのようだと、目の前にある日奈子の黒い後頭部を見ながら思った。

「当たり前だろ。お前だっていつも入っているからどうなるかわかるはずなのに。おい、近いって」

 ニタニタとしながら日奈子がバックをしてきた。日奈子の背中と圭介の胸がピタッとくっ付いた。

「いいじゃん。たまにはさ」

 胸に体重がかかる。濡れた黒髪が顎に当たった。

「最近のお前変だ。前まではツンツンしてたくせに」

 ついこの間のことであるはずなのに、二人の関係はまるで変わっていた。転機となったのは、やはりあの雷が鳴った日である。

「そうかしら。あたしはいつだって自分にショージキに生きてきたつもりだけどな」

 昔から北野家では日奈子がこうしたいと言えば、大抵のことはそうなってきた。家族で遊びに行く場所も、途中で寄る飲食店も。同じ子供であるはずの圭介の意見が通ることは稀だった。
 いつからだろう。意見を言うことを諦めたのは。日奈子がいる限り自分の意見は通らない――子供ながらにそれを感じ取った圭介は、いつしか自分の意見を言うことは少なくなっていた。

 けれども、日奈子を嫌いだとは思ったことはなかった。わがままで小うるさいが、それでも唯一血の繋がった妹であり、また意見を言えない自分の代わりを務めてくれていた存在だった。
 自分たちの関係は変わってしまったのだ。日奈子がどう思っているのかわからないが、もはやそれを受け入れるしか他になかった。

「そういえば、お願いってなんだ。まさか一緒に入るだけでよかったのか」

「違うよ。ほら、日奈子の毛って濃いじゃん?」

「下の毛?」

「そ。で、プールの授業のときとかすごく恥ずかしいんだ。自分でも処理していたんだけど上手くいかなくて。だから、剃ってくれないかしら」

 日奈子のお願いとはそれだったのか。いいこととは考えにくかったが、その予感は当たっていた。

「お前、本気か?」

「本気も本気。ね、剃ってくれるよね。可愛い妹の頼み事だよ」

 圭介は溜め息を吐いた。昔から彼女の願いは大抵叶えられてきたのだ。

「どうせ剃らなきゃ風呂から出してくれないんだろ」

 正解だといわんばかりに、日奈子はニッと歯を覗かせた。

( 2017/06/22(木) 16:03 )