09
金持ちのお嬢様である。ピアノの腕でも達者。和也の言っているように、自分には身分の違いが開きすぎているような気がして、圭介は重たい気持ちになった。
そもそも彼女はどうして自分なんかを彼氏として選んでくれたのだろうか。つい最近まで女子校だったとはいえ、外に出れば引く手数多のはずである。
初めて好きな相手と行くデートである。本来はきっと楽しいのだろうが、圭介は逃げ出したくなり始めた。一緒に勉強を出来て、なお且つファミリーレストランで食事をしたこと自体、奇跡的とさえ思えた。
食事を始めたばかりだというのに、吐き気を覚えた。このプレゼンがもし失敗したら? 彼女の口から別れを告げられるのは死刑を宣告されるようだ。
「お前大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「和也が変なことを言うせいだ」
掠れた声で圭介が言うと、和也はバツの悪そうな顔をした。
「だからそんな深く考えるなよ。いいじゃないか。人は失敗をして成長するんだから」
「……もし失敗したらどうするんだよ。失敗して、絵梨花さんと別れでもしたら。どうするんだよ」
頭の中ではそんなことを和也に尋ねたっても無駄だとわかっている。それなのに、迷子の子供のように救いを求めている自分が圭介には情けなくて仕方なかった。
「今からそんなマイナスに考えるなって。俺、マイナス思考の奴嫌いなんだよ。てか、好きな奴なんていないだろうから、お前その時点で彼女にも嫌われるぞ」
煙たそうな顔をする和也に、絵梨花の顔が重なった。もし、彼女にそんなことを言われた日には……。
「どうすりゃいいんだよ……」
頭を抱える圭介の耳に溜め息が聞こえた。
「だから前向きに考えろって。相手のためを思ってした行動は必ず相手に伝わるし、もし伝わらなかったとしたら、所詮その程度の女だったってわけだ」
和也の言葉に圭介は顔を上げた。
「強いな。俺にはそんな強さなんてないよ」
自嘲する圭介。もう弁当を食べる気になれなかった。
「俺だって最初からそんな強かったわけじゃない。振られたし、浮気もされたし、何度もくだらないことで喧嘩をして別れたし。ま、お前よりちょっと経験値が多いだけだ」
紙パックのコーヒー牛乳をチューッと音を立てて吸う和也に、圭介は両手を上げて降参のポーズを作った。
「敵わないな」
食欲がなくなった圭介は、弁当を堤に戻したときだ。小さな箱がコロリと転がった。
「なんだ、それ」
「ああ。クッキー。相楽さんがくれたんだ」
「何だよ。彼女持ちでありながら、他の子からもらえるなんて大したもんじゃないか」
「そんなことはないさ。部活で世話になっているからだろ」
本人曰く、よくなってきたとのことだが、別に今ここで依存症のことは伝えなくてもいいだろう。
「ふうん。お前も実は意外なところでやりたい放題やってるんだな」