第十五章「一線」
03
“何か”が裂けるような音が聞こえたのは、夜の十時を過ぎた頃だった。バリバリと引き裂かれる音が聞こえた圭介は、何事かとカーテンを開けると、稲光が見えた。
 雷だ。そう思った瞬間、再び音が鳴り響いた。窓を閉めているのに大きな音が圭介の鼓膜を揺らした。と、雨の音が聞こえ始めた。文字通り叩きつけるような雨が降り始めた。

“何か”の正体がわかった圭介は、しばらく窓辺を見ていたがやがて飽きたようにカーテンを閉じた。帰宅していれば問題ではない。
 明日は雨だろうか。そうなると、バスで学校へ向かうことになる。絵梨花と初めて出会ったのは、バスの車内である。事故とはいえ、ふいに触れた尻の感覚。まさかこうして付き合うことになるとは。

 圭介が絵梨花との邂逅に耽っていると、扉が開き、“何か”が勢いよく室内に入ってきた。ギョッとして見ると、日奈子だった。
 雷のあとは妹か。おそらく突然の雷鳴に怖がった日奈子が避難して来たのだろう。生意気な妹であり、自分のことを毛嫌いしている節のある奴だが、こうして雷程度で怖がるところは可愛げがあった。

「どうしたんだ」

 ニヤニヤとしながら圭介は尋ねた。蒼白な日奈子の顔を見ると、悪戯心がムクムクと湧いて出るようだった。

「べ、別に。暇だから訪ねに来てあげたの」

 強がる日奈子だが、再び雷が鳴り響くと、悲鳴を上げながら身を竦ませた。

「違うだろ。雷が怖いから避難してきたんだろうが。正直にそう言えよ」

「……ま、それもないとは必ずしも言えないわね」

 冷静さを努めているが、明らかに動揺した素振りを見せている日奈子。それを見ているだけで笑い転げそうだった。

「意地っ張りな奴だ」

 圭介の言葉に「フン」と鼻を鳴らしながら日奈子はベッドに腰掛けた。

「いいのか。そこは俺が普段から寝ているベッドだぜ」

 先ほど汚物扱いをされたことを根に持つように、圭介はここぞとばかりに指摘した。

「本当はよくないけど、緊急事態だし。ま、まああたしのお尻で除菌をしてあげるわよ」

 苦し紛れの言い訳が面白かった。

「お前のケツで除菌なんてできるわけがないだろ。どうせブツブツだらけのケツなんだから」

「そんなわけないでしょ。桃みたいに綺麗なお尻よ」

「いいや。汚いケツだ」

「ケツケツ言うな」

 枕が飛んできて圭介の顔に当たった。

「おい。人の枕を投げるな」

「いいじゃない。って、臭いから投げ返すな」

「人の枕を臭いと言うな」

「事実じゃない」

 枕が宙を舞う。キャッチしては投げ返す。
 二人は子供のように枕を投げ合った。

( 2017/06/22(木) 15:50 )