02
電話を切ると、名残惜しそうに、それでいてどこか誇らしげに圭介はディスプレイを見つめていた。着信履歴に残る生田絵梨花の文字。業務的な電話ではない。肉声でのやり取り。これから愛を育もうとしていることが照れ臭くて、それでいて嬉しかった。
と、部屋がノックされた。圭介は相変わらず携帯電話を見ながら生返事をした。
「って、なんでパンツ一丁なのよ。変態」
余韻に浸っている中で、妹である日奈子の棘のある言い方が気分を害した。声だけで誰かわかる。圭介は扉の方を見ないままムッとしながら答えた。
「うるさい。俺が自分の部屋でどんな格好をしようが勝手だろ。で、何の用だよ」
「せーふく」
征服? 何を言っているんだといわんばかりに圭介はようやく携帯電話から視線を移した。
「お母さんが洗濯するから早くせーふく出せって。もう。なんで私がパシリみたいなことをしなくちゃいけないのかな」
カリカリとする日奈子を見ながら、圭介は合点がいった。
「ああ。制服か。そこにある。そこにあるから持って行けばいい」
ベッドのすぐ近くにYシャツと靴下、ハンカチが落ちていた。
「自分で持って行きなさいよ。そんな汚れた物持ちたくない」
どうも妹という人種は母親と丸々口調まで似てくるらしい。それが意識してのことなのか、無意識のうちに真似ているのかわからないが、目の前に第二の母親がいるようで圭介は溜め息をついた。
「一日着たぐらいでそんな汚い物扱いするなよ」
「イー。皮脂や汗にまみれた洋服、ましてバカ兄貴が身に付けた物なんて触れるわけがないじゃん。とにかく、さっさともって行って。あと洋服着て。いつまでレディにそんな小汚い格好を見せ付けているのよ」
小うるさい日奈子を憐れんだ目で見た。お淑やかな絵梨花とはまるで違う。格式高いフランス料理店と、近所の小汚いラーメン屋ぐらい二人は同じ女であるとは思えなかった。
「何? あたしの顔に何か付いてるの」
「いや。何でもない」
そもそも絵梨花と比較すること自体、酷なのかもしれない。彼女と比較してはどんな女性も持ってしても適うわけがないのだ。
「ともかく、さっさと持って行って。あと、さっきからパンツの隙間から変なもの見せないでよ」
「変なもの?」
言われて圭介は自分の下半身を見た。別に変わった様子はなく、いつも通りのはずだが。
「わからないの? パンツの隙間」
隙間? よく見ると、ようやくわかった。足とトランクスの隙間から睾丸が見えていたのだ。
「ああ。見るなよ」
「勝手に見せ付けていたのはそっちでしょ。サイテー」
そう言われたかと思えば、扉が音を立てて閉められた。