第十五章「一線」
01
 七瀬の言った意味を圭介は考えている。
「小さなデート」――それをそのまま受け取っていいのか、はたまた別の意味が隠されているのか。言葉の裏を読み取ったのなら、どう解釈ができるだろう。

 七瀬とはすっかりと日が落ちてから別れた。家まで送っていくと言えばよかっただろうが、彼氏でもない人間にそんなことをされては困るだろうと、あえて圭介は何も言わなかった。
 公園で別れた圭介は、なんとなく腑に落ちないまま帰宅した。彼女は自分のことをどう思っているのだろう? 便利屋だと思っていたけれど、もっと違うように思えるのは、ふいに言った七瀬の言葉があるからだった。

「あーもう。わかんねえよ」

 制服を脱ぎ、下着姿でベッドの上で悶えていると、バイブレーションが響いた。
 ディスプレイに表示されていたのは絵梨花だった。圭介は慌ててボタンを押し、受話器を耳に当てた。

「はい。もしもし」

『今大丈夫?』

 機械越しからでもわかる彼女の声。癒し効果でもあるのか、耳に心地がよくて、つい圭介は口元を緩めた。

「もちろん」

 心なしか声が弾んでいるのが自分でも可笑しかった。が、初めてできた彼女の前である。しょうがないさと自分に言い聞かせた。

『もう家に帰ってきているよね?』

「うん。さっき帰ってきた」

『そうなんだ。ずいぶんと遅いような気がするけど』

 絵梨花に言われ、圭介は枕元にある目覚まし時計を見た。なるほど。確かにいつも帰宅する時間よりも遅かった。

「ちょっと寄り道をしていたから」

 七瀬とのあれはデートではない。部員同士のコミュニケーション。ひいては部活の延長上に過ぎないのだと圭介は咄嗟に思った。

『ふうん。そっか』

 何か続きがありそうな口調だった。絵梨花はもしかして、七瀬と一緒にいたことを知っているのか?
 圭介は急に胃の辺りが冷たく感じた。

「で、どうしたの?」

 このまま進めていたら、墓穴を堀るかもしれない。そう思った圭介は話題を変えることにした。

『うん。あのね、デートの件で相談したくて』

 デートという一言がズドーンと刺さった。普段聞いても特に何も感じない言葉なのに、いざ絵梨花から言われると胸が打ち抜かれた気持ちになった。

「はいはい。デートね」

 自分でも言ってみると、ますます気持ちが燃えるようだった。我ながら現金な奴だと思う。

『そう。で、今週末の日曜日って、都合いいかしら?』

「もちろん空いているよ」

 カレンダーを見ることもなく、圭介は答えた。仮に予定があったとして、全てキャンセルしてまで絵梨花の都合に合わせるつもりだった。

『よかった。時間は――』

「絵梨花さんの時間に合わせる。僕は絵梨花さんとデートができるだけで幸せだから」

 被せるようにそう言うと、受話器の向こうで彼女が一瞬息を飲むのがわかった。と、笑い声が受話器越しに聞こえた。

『もう。急に笑わせないでよ。でも嬉しいな。……私も一緒だよ』

 絵梨花も一緒なのか。それがたまらなく嬉しくて、圭介は思わず枕を抱き寄せて喜びを噛み締めた。

( 2017/06/25(日) 20:47 )