08
右手に伝わる柔らかくてほんの少し冷たい手の感触。まさか七瀬に手を握られるとは思ってもいなかった圭介は、どうしたらいいのかわからなかった。
絵梨花の顔が思い浮かぶ。果たして手を握っているぐらいだから浮気にはならないだろうと思っていても、どこか裏切ってしまっているのではないかと罪悪感が込み上げてくる。
「……ごめんね」
そんな圭介の気持ちを汲んだように七瀬は手を離した。するりと抜け落ちそうな指が未練を残したように圭介の指の先に留まって、やがて抜け落ちた。
「ごめんね」
七瀬は二度謝った。彼女も自分と同じように罪悪感を感じているのかもしれない。
「いや、大丈夫です……」
何が大丈夫で、何が大丈夫じゃないのか。圭介の中で答えどころか、この場にもっとも適した言葉すらも見つけられなかった。
「夕方は嫌やなぁ。寂しくなる」
夕日を恨むような目で七瀬は見つめた。
「寂しくなる?」
「そ。なんていうんやろ。よくわからへんけど、寂しいねんな」
「夜じゃなくて夕方なんですね」
自嘲するように七瀬はクスリと笑った。
「せやね。夜はみんないるからええねんな。夕方やとたまに家に帰って一人やねんか。寂しがり屋さんには辛いんやろね」
そうだとしたら、絵梨花も今頃寂しさを覚えているのだろうか。そう思った圭介は携帯電話をポケットから取り出してみるが、誰からの着信もメールもなかった。
「彼女から?」
「違います。誰からもきていませんでした」
「そういえば、北野君とは業務的なメールしか送ってなかったな。彼女ができるんやったら、もう少し日常的なメールを送っておけばよかったわ」
「別にこれからだってもいいですよ」
「あかんよ。彼女がおるのに。それともあれかしら。ななのこと、女性として見ていないとか」
悪戯っぽい目で見られた圭介は、慌てて否定した。
「そんなまさか。部長ほど女性らしい女性はいませんよ。ほんとに。妹も見習ってほしいくらいです」
「ああ。北野君って妹がおるんよね。可愛い? 写メ見せてよ」
「あいつの写メなんて持っていません。おかしいでしょ。妹が映っている写メを持っているなんて」
「そうかな。家族なんやから当たり前じゃない?」
首を傾げる七瀬に、圭介は彼女の携帯電話に保存されている写真が気になった。
「そういう部長こそどうなんですか。人に写メを見せてくれって言うんだったら、部長のを先に見せてくださいよ」
「えー。ななの? んー。どうしよっかな」
顎に手をやる七瀬の態度は、困っているようで、どことなく嬉しそうに見えた。
「まあ、見せたくなければいいですけど」
「いや、ええよ。見せてあげるな。じゃあ、そこの公園でも行こっか」
七瀬が指差した方向には公園があった。