第十四章「デート」
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 校舎を出ると、外は鮮やかなオレンジ色に包まれていた。他の生徒たちの姿はない。二人はそのまま歩くと、圭介はふとあることを思い出した。

「そういえば、どうしてみんな僕に彼女ができたことを知っているんですかね」

 絵梨花との秘密の愛を育むはずが、周囲にはすでにその関係が知れ渡っていた。芸能人でもないのに。

「簡単な話でしょ。ここは共学っていっても今年に入ってからだから、実質上まだ女子高みたいなもんやし。恋に飢えてる子はたくさんおるで」

「つまりはそういう人たちが話を広めたと」

 七瀬は深く頷いた。

「北野君な、意外と名前知られてるで。数少ない“まともな”男子やし」

「まともってなんですか、まともって」

「そのまんまや。要するにフツーの人。人畜無害」

 まさかそんな人間がレイプまがいのことをしようとは。屈託のない笑顔を向ける七瀬に心が痛んだ。

「まあ、そんなものですかね」

 苦笑しながらも痛む胸の内を悟られないように、圭介は話題を変えることにした。

「ところで部長は進路を決めているんですか? 三年生だからそろそろ決めておかないといけませんよね?」

 まだ期末テストを迎えていないが、三年生にとってそろそろ受験の二文字が否が応でも耳に入るはずだ。

「ああ、うん。一応女子大に決めてんな」

「へえ。美大じゃなくてですか?」

「うーん。美大もええけど、卒業したらどうなるんやろって。別に画家になりたいわけでもないし、かといってデザイナーもなぁって感じ。絵は好きやけど、別に趣味で書けるしな」

 七瀬がそこまで考えていたとは。圭介にとって驚きだったが、そもそも冷静に考えれば、こうして七瀬と世間的な話をする機会はこれまでなかったから、知らなくて当然といえば当然のことだった。

「男の人との距離感もまだよくわからへんし、なんやかんやで同性と一緒におる方が落ち着くんよな」

「まあ部長だったらそうかもしれませんね」

 いかにも女子校出身という雰囲気が七瀬には出ている。そんな中でこうして自分と一緒に下校をしていることを圭介は誇らしく思えた。

「北野君みたいな人畜無害な子やったらええけど、世間はそんなものじゃないでしょ? ななと一緒に“あんなこと”しとったら絶対襲われてただろうし……」

 そう言って顔を赤らめる七瀬を見て、“あの日”のことがフラッシュバックした。互いに自慰を見せ付けあったあの日。圭介も自然と頬がカーッと熱くなるのを感じた。

「確かに……今になって考えれば、とんでもないことをしていましたよね」

 若気の至りというべきか。
 黙りこくってしまった七瀬のせいで、二人の間に気恥ずかしさにも似た雰囲気が流れた。

「ま、まあ、あのときはあのときってことにしておきましょうよ」

 自分でも何を言っているのかわからなかったが、七瀬はクスリと笑ってくれた。

「せやね。あーあ。ななも彼氏ほしいなぁ」

「部長ならすぐにできますって」

 そのときだった。圭介の手が“誰かに”握られたのは。
 驚いて横を向くと、七瀬の後頭部が見えて、視線を手元に向ければ、彼女の細い手が自分の方に伸びてきているのがわかった。

「部長……」

「……彼女がおるのはわかっているけど、お願い。しばらくこうさせて……」

 消え入りそうな声で七瀬はそう言った。

( 2017/06/22(木) 15:47 )