第十四章「デート」
03
 昼食を済ませ、午後からの授業が移動教室だという絵梨花のために二人は早々に切り上げた。圭介としてはもっと絵梨花と一緒にいたかったが、そんなことを言って女々しい男として見られたくなかった。
 後ろ髪を引かれる思いで絵梨花と別れると、ふいにある女生徒と目が合った。

「あっ、橋本先輩」

 橋本奈々未だった。ブレザーのバタンを全開にさせ、Yシャツも着崩しており、紙パックの野菜ジュースを飲みながら圭介を見つめていた。

「へえ。彼女できたんだ。覗き魔君」

 ストローを口から離し、ニタニタとさせながら近寄ってくる奈々未に圭介は身構えた。

「何よ。そんな獲って食おうなんて思っちゃいないって。まあ、君次第だけどさ」

 女生徒としては身長の高い奈々未に詰め寄られ、思わず圭介は後ずさりした。ただでさえ未央奈や伊織との件もあるのに、奈々未まで加わったらもはや混乱は必須であった。
 どうにかしてこの場を切り抜けなくては。人を食ったような奈々未は何を考えているのか掴めなかった。

「先輩そろそろ授業が始まりますよ」

「まだ予鈴すら鳴っていないじゃない。そんなに私とお喋りするのが嫌なのかしら」

 まさか絵梨花のために早く解散したのがアダになるとは。
 グイグイと近付いてくる奈々未に後ずさりをしていると、やがて壁際まで追い詰められてしまった。

「んー。彼女持ちの子から略奪するって、どんな感じなのかしらね」

「冗談が過ぎますよ」

 どうしてこれまで異性とほとんど関わり合いがなかったのに、いざ彼女ができるとこういういざこざに巻き込まれるのだろうか。
 隙を見て奈々未の横をすり抜けようとしたときだった。手を出してきた奈々未とぶつかり、圭介の手が彼女の腹部に触れた。

「あっ、おっぱい触った。これはもう責任を取ってもらうしかないわね」

「事故です、事故。第一胸に当たっていませんって。お腹でしょ」

 チャンスを失った圭介は再び壁際まで追い詰められた。しかも奈々未との距離は数センチで、互いに手を差し出せば触れ合う距離だった。

「ねえ、まだ童貞かしら」

 耳元で囁かれ、ゾクッとした。

「い、いや……」

「あの子とはまだエッチしていないんだ。処女は許されるけど、童貞は嫌っていう子、けっこういるわよ。私は好きだけどね」

 耳元で囁かれ、ペニスが疼き始めるのを感じた。
 と、救いの音が鳴り響いた。

「チャイムだ。ほら、先輩。予鈴ですよ、予鈴」

「あん。いいトコなのに。じゃあ、また今度ね。“北野君”」

 不敵な笑みを残しつつ、奈々未は圭介から離れていった。

( 2017/06/22(木) 15:46 )