第十三章「タイミング」
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 放課後を迎えた。
 がらんどになった教室で圭介は頬杖をつきながら窓の向こうを見ていた。

 未央奈に言われた言葉がグルグルと頭の中でラジオテープのように再生される。壊れたテープレコーダーは先ほどから同じ言葉しか発さない。
 ――セフレにしてほしい。身体の関係だけを築こうとしている未央奈に圭介は頭を抱えた。

 無論、断わればいいのだ。拒否権を行使すれば、きっと未央奈だって引き下がってくれるだろう。そう思いながらも、圭介は逡巡しているのには理由があった。
 まず一つは未央奈の性欲である。余りある性欲を持ち合わせる彼女をこのまま見捨てていいものだろうかという良心の呵責があった。
 そしてもう一つ。これが最低だとは思いながらも、最大数のファクターを占めていた。

 未央奈とのセックスは今になって思い返してみれば、確かに最高な時間だったのだ。童貞だったこともあるが、この世のものとは思えない快楽が、圭介の判断に迷いを生ませているのだ。
 彼女は言った。

「もしかしたら、身体の相性が悪いかもよ。私とみなみの彼氏の子みたいに。そのとき、悶々とするぐらいなら、相性のバッチリな相手がいるのといないのでは、まるで違うと思うの」

 絵梨花とはまだ身体を重ねていない。好きな人だからといって、必ずしも身体の相性までイコールするとは限らないのだ。そうであってほしいと願うのが精一杯だった。

「どうすりゃいいんだよ」

 頭を掻き毟る圭介は、突然の音に振り返った。

「……相楽さん?」

 扉の先にいたのは、伊織だった。

「誰もいない?」

 外の運動部の掛け声に負けそうなほどのか細い声だったが、辛うじて圭介の耳に届いた。圭介がコクリと頷くと、オズオズと教室に入ってきた。

「どうしたの、急に」

 心臓の音が不自然に高鳴りだした。急速に身体が冷えていく感覚を覚えた。
 そうだ。謝罪はしたものの、まだ完全に赦しを請うたわけではない。

「……私ね、おかしいの」

 圭介の前に立つと、伊織は俯いたまま言った。

「おかしい?」

 長い髪がカーテンのように彼女の顔を隠す。そういえば、普段接している女生徒たちの中で伊織ほど髪の長い人はいなかった。

「うん。……前に話したよね? 私が『あるサイト』にのめり込んでるって」

「ああ、言ってたね」

 それをだしに使ってレイプまがいのことをしてしまったのだ。まさかここで土下座でもしろということか。

「それで北野君に乱暴にされて……」

 唇をキュッと噛む伊織を見て、圭介は改めて最低なことをしてしまったのだと忸怩した。

「本当にすまなかったと思ってる。信じてくれないかもしれないけど、本当なんだ」

 立ち上がった圭介に、伊織はかぶりを振った。

「違うの。最後まで聞いて」

 違う? だとしたらどういうことだ。
 圭介の頭の中にクエスチョンマークが浮かぶと、伊織は躊躇いがちに口を開いた。

「……あのときのことが忘れられなくて……ねえ、もう一回私に酷いことをしてくれるかしら」

( 2017/06/19(月) 22:16 )