第十二章「嫉妬」
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 部室へ戻ると、七瀬の姿はなかった。トイレかと思ったが、鞄がなかった。どうやら帰ってしまったようだ。圭介は大きく息を吐き出すと、自分の机に何かが置いてあるのに気付いた。
 飴だった。机の上にコロンと一個置いてあった。誰が置いただろうと思うが、やはり七瀬しか思い浮かばなかった。ふとポケットから携帯電話尾を取り出すと、メールが一件届いていた。マナーモードにしていたから着信に気が付かなかったようだ。

<先に帰ります。飴でも舐めて元気出して>

 絵文字もない短い文章だったが、ボロボロと傷を負った圭介の心にはじんわりと染み渡るようだった。

「部長、ありがとうございます」

 包装紙を剥がすと、中身を口の中へ入れた。イチゴとミルクの味が口内に広がる。
 と、ノックの音が聞こえた。七瀬? 忘れ物でもしたのだろうか。

「は、はい」

 扉を開けると、見知った顔がそこにあった。

「なんだ和也か」

 圭介を見るなり「よっ」、と片手を上げたのは和也だった。

「なんだとはなんだ。せっかく一緒に帰ろうとこうして足を運んでやったんだぞ。もっと感謝しろよ」

 我が物顔で部室に入ってくる和也は、辺りを見渡した。

「お前一人なのか。部長は?」

「先に帰ったよ」

「ふうん。顔はいいけどやる気のなさそうな部長だよな。で、部長の机は」

「窓際の席」

 圭介が答えると、和也の足は一直線に七瀬の机に向けられた。

「チッ。鍵がかかってやがる」

「勝手に開けようとするなよ」

「いいんだよ。バイブでも入っていれば面白かったのにな」

 つまらなそうに和也は机から離れた。

「で、もう部活は終わったのか」

 原稿は一つも書けていなかったが、書ける気がしなかった。

「終わったよ」

 部活も、何もかも。自嘲するように鼻を鳴らした圭介に和也は不思議そうな顔を浮かべたが、すぐに表情を戻した。

「よし。じゃあ帰ろうぜ」

「あいよ。今戸締りをするから、廊下で待っててくれ」

 ノートパソコンの電源を切ると、カーテンを閉じた。

「お前のその鍵なら部長の机も開くのか」

「残念ながら開かない。机と戸締りの鍵は別物なんだ」

 圭介がそう言うと、和也は露骨に顔をしかめた。

「つまんねえの。鍵ぐらい同じにしておけよ」

「仮に開けられたとしても、どうせ美術道具しか入ってないさ」

 七瀬が机の引き出しから取り出すものは大抵、美術の道具だった。和也が喜びそうな物なんて置いてあるとは思えなかった。

「わかんねえじゃないか。バイブとか、男のヌード写真とかあるかもしれないぜ。部長だって人間だ。オナニーぐらいするよ」

 まさか互いの自慰を見せ合ったとは言えなかった。だが、もしそれを言ったのなら和也はどんな反応を見せるだろう?

「こんな場所でするはずがないだろ」

「家よりも学校の方が興奮するタイプかもしれないじゃないか。人に見られてしまうという可能性が高揚感を高めて……」

「はいはい。さ、もう帰る準備はできたから出るぞ」

 和也の言葉を遮ると、圭介は部室から出た。

「なんだよ。つまんねえ奴」

 ブツブツと文句を言いながら和也が出てくると、部室の扉を閉めた。

( 2017/06/19(月) 22:11 )