第十章「打ち上げ」
03
 敵陣に足を踏み入れるとはこういう気分のことをいうのか。
 リビングとはいえ、生田家に足を踏み入れたことで圭介の神経は研ぎ澄まされた。家のにおい。芳香剤と料理の後のようなにおいがする。当たり前だが、彼女は毎日ここで食事をし、くつろいでいる。風呂に入った後、薄着でこのソファに腰を下ろしたかもしれないと思うと、胸の高鳴りはすぐ耳のそばで聞こえているかのようだ。

「どれがいいかしら」

 まさか圭介がそんな妄想をしているとは露知らない絵梨花は、何種類かのDVDをラックから取り出し、ソファに座る圭介に見せた。

「生田さんのオススメがいいですね」

「私のオススメか。うーん。私もそんなに見るわけじゃないからなぁ」

 パッケージをひっくり返しながら絵梨花は悩む仕草を見せた。圭介としても、映画等観ない方だったし、絵梨花といられればそれでよかったから、どんな物でもよかった。

「じゃあそのDVDは誰が見るんですか?」

「お姉ちゃん。あとは、たまにお父さんが休みの日に見ているかな」

 以前、テスト勉強を一緒にした際、彼女から家族構成を聞いていたが、兄や弟ではなく姉であることに安堵した覚えがある。兄弟とはいえ、異性は嫌だった。
 そう考えると、もし彼女が自分に好意を抱いているとしたら、妹がいることをどう思うのだろう。自分と同じく、嫌悪感を抱くものだろうか。それとも、自分にも妹が出来たような存在に見えるだろうか。

「うーん。どうしよう」

 パッケージを何度も裏返してはウンウン唸る絵梨花に、圭介は痺れを切らした。彼女の話では、“今は”家族はみな出かけていて、誰もいないという。
 DVDが見終わったら告白するつもりだった。そのときの雰囲気に任せればいい。そう考えると、チャンスはそう多くはなかった。

「ちょっと見せてください」

 絵梨花からDVDを受け取ると、圭介はサッと見渡した。CMで盛んに宣伝されていた有名な作品やドラマの映画ヴァージョンもある中で、圭介の目は一枚の作品に止まった。
 それはホラーものだった。てっきり絵梨花が恋愛ものを見るだろうと予想していたから、この手のものは選択肢はなかった。しかし、考えてみればいいかもしれない。あわよくば、彼女に抱きつかれる可能性だって考えられる。

「これがいいです」

 圭介は決めた。目に止まったホラー作品を絵梨花に手渡すと、彼女は目を丸くした。

「ホラーが好きなの?」

 決して好きというわけではなかった。夏になれば特別番組で放送される怪談物を見る程度だった。

「ええ。まあ」

 内容なんてどうでもよかった。ただ、このチャンスだけは逃すまいと心に期しているだけだった。

( 2017/06/18(日) 18:07 )