03
敵陣に足を踏み入れるとはこういう気分のことをいうのか。
リビングとはいえ、生田家に足を踏み入れたことで圭介の神経は研ぎ澄まされた。家のにおい。芳香剤と料理の後のようなにおいがする。当たり前だが、彼女は毎日ここで食事をし、くつろいでいる。風呂に入った後、薄着でこのソファに腰を下ろしたかもしれないと思うと、胸の高鳴りはすぐ耳のそばで聞こえているかのようだ。
「どれがいいかしら」
まさか圭介がそんな妄想をしているとは露知らない絵梨花は、何種類かのDVDをラックから取り出し、ソファに座る圭介に見せた。
「生田さんのオススメがいいですね」
「私のオススメか。うーん。私もそんなに見るわけじゃないからなぁ」
パッケージをひっくり返しながら絵梨花は悩む仕草を見せた。圭介としても、映画等観ない方だったし、絵梨花といられればそれでよかったから、どんな物でもよかった。
「じゃあそのDVDは誰が見るんですか?」
「お姉ちゃん。あとは、たまにお父さんが休みの日に見ているかな」
以前、テスト勉強を一緒にした際、彼女から家族構成を聞いていたが、兄や弟ではなく姉であることに安堵した覚えがある。兄弟とはいえ、異性は嫌だった。
そう考えると、もし彼女が自分に好意を抱いているとしたら、妹がいることをどう思うのだろう。自分と同じく、嫌悪感を抱くものだろうか。それとも、自分にも妹が出来たような存在に見えるだろうか。
「うーん。どうしよう」
パッケージを何度も裏返してはウンウン唸る絵梨花に、圭介は痺れを切らした。彼女の話では、“今は”家族はみな出かけていて、誰もいないという。
DVDが見終わったら告白するつもりだった。そのときの雰囲気に任せればいい。そう考えると、チャンスはそう多くはなかった。
「ちょっと見せてください」
絵梨花からDVDを受け取ると、圭介はサッと見渡した。CMで盛んに宣伝されていた有名な作品やドラマの映画ヴァージョンもある中で、圭介の目は一枚の作品に止まった。
それはホラーものだった。てっきり絵梨花が恋愛ものを見るだろうと予想していたから、この手のものは選択肢はなかった。しかし、考えてみればいいかもしれない。あわよくば、彼女に抱きつかれる可能性だって考えられる。
「これがいいです」
圭介は決めた。目に止まったホラー作品を絵梨花に手渡すと、彼女は目を丸くした。
「ホラーが好きなの?」
決して好きというわけではなかった。夏になれば特別番組で放送される怪談物を見る程度だった。
「ええ。まあ」
内容なんてどうでもよかった。ただ、このチャンスだけは逃すまいと心に期しているだけだった。